2006年03月27日更新
香春太平洋セメント(日本セメント香春工場)は、香春鉱山の麓にある山元工場。1935年に浅野セメント香春工場として操業を開始した。浅野セメントは戦後の1947年に日本セメントと社名変更、1998年に秩父小野田と合併して太平洋セメントになり、2000年に香春工場は生産構造最適化のため、本体から切り離されて生産子会社になった。
しかし国内のセメント需要は公共事業削減の影響などを受けて激減した。香春工場は「将来の需要回復が望めない状況では、その生産規模ならびに内陸工場であるという点から、他工場に比べコスト高の状況にある同社の存続は極めて難しい」(太平洋セメント)と判断され、2004年に解散させられた。晩年の生産量は年産80万トンだった。
会社解散に伴い、生産は麻生ラファージュセメント(本社、田川市)に委託した。解散による特別損失は約60億円。
香春鉱山は、香春岳一ノ岳の石灰石鉱山。香春岳は「風土記」にも記された神神の連峰。一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳が南北に連なり、巨石のような山容は熱帯ボルネオ島あたりにある山のようだ。周囲の山並みとは明らかに様子が異なる。中世には不落の名城、鬼ケ城が築かれた。
1935年に日本セメントが一ノ岳の採掘を始め、同山の標高は492mから270mに低下した。まったいらな山頂を地域住民は複雑な心境で見上げる。生産量209.8万トン(1999)。従業員は直轄42名、請負29名(2000)。工場は閉鎖されたが、鉱山部門については新会社を設立し、資源品の製造・販売事業を継続する。
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Kawara Taiheiyô Cement or Former Nippon Cement Kawara Plant (Closed) and Kawara Quarry