2008年10月28日更新
香春太平洋セメント(日本セメント香春工場)は、香春鉱山の麓にある山元工場。1935年に浅野セメント香春工場として操業を開始した。浅野セメントは1947年に日本セメントと社名変更、1998年に秩父小野田と合併して太平洋セメントになり、2000年に香春工場は生産構造最適化のため、本体から切り離されて生産子会社になった。
しかし国内のセメント需要は公共事業の削減を受けて激減した。香春工場は「将来の需要回復が望めない状況では、その生産規模ならびに内陸工場であるという点から、他工場に比べコスト高の状況にある同社の存続は極めて難しい」(太平洋セメント)と判断され、2004年に解散させられた。晩年の生産量は年産80万トンだった。
会社解散に伴い、生産は麻生ラファージュセメント(本社、田川市)に委託した。解散による特別損失は約60億円。
香春岳は「風土記」にも記された神神の連峰だ。一ノ岳、二ノ岳、三ノ岳が南北に連なり、巨石のような山容は熱帯ボルネオ島あたりにある山のようだ。周囲の山並みとは明らかに様子が異なる。中世には不落の名城、鬼ケ城が築かれた。香春鉱山はこの香春岳一ノ岳を鉱区とする。
1935年に日本セメントが一ノ岳の採掘を始め、同山の標高は492mから270mに低下した。まったいらな山頂を地域住民は複雑な心境で見上げる。生産量209.8万トン(1999)。従業員は直轄42名、請負29名(2000)。工場は閉鎖されたが、鉱山部門については新会社を設立し、資源品の製造・販売事業を継続する。
2006年3月27日作成
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Kawara Taiheiyô Cement or Former Nippon Cement Kawara Plant (Closed) and Kawara Quarry