2009年1月24日更新
本社・田川工場(撤去済)
専用鉄道停車場付近(撤去済)
↓ ↓ ↓跡地に建設された「池のおく園」の中心施設、中村美術館
四季会席「好日庵」(左)、園内入口(奥)
四季会席「好日庵」の庭
茶室「露庵」
庭園の滝
* * *関の山鉱山の施設(中村産業へ譲渡)
三井鉱山セメント田川工場は、田川市西部にあった関の山鉱山の山元工場。旧三井鉱山田川鉱業所(三井田川炭鉱)の離職者対策として、1963年に三井セメントとして操業を開始した。
1976年に親会社の三井鉱山(本社、東京都)が吸収合併したが、1999年に「三井鉱山セメント」として再び分離・子会社化した。生産量は最盛期の1979年度が約219万トン、晩年の2002年度が約150万トン。内陸立地と生産規模の不経済が嫌気され、2004年に産業再生機構が会社を清算した。
三井鉱山セメントの商権、鉱山権、工場は隣接地の麻生ラファージュセメントへ有償で譲渡した。麻生ラファージュセメントは三井鉱山セメントの工場と鉄道を廃止し、関の山鉱山は中村産業(後述)へ転売した。公共事業が低迷する中で工場と鉄道を維持するのは困難だが、資源と鉱山権は将来の糧として押さえた。
関の山鉱山は生産量355.3万トン(1999)の石灰石鉱山。従業員は直轄20名、請負89名(2000)。麻生ラファージュセメントが所有する船尾鉱山(生産量226.8万トン)よりやや規模の大きな鉱山だった。
田川市の対策本部によれば、会社清算により三井鉱山セメントに直接雇用された115名は全員解雇された。田川地区の経済損失は330億円。工場閉鎖に伴って、関連企業20社の323名をはじめ、取引先など約3000名の失業者の発生が懸念された。
貨物専用線も廃止されたことから、これと連絡する平成筑豊鉄道の貨物部門が消失した。年間5400万円の損失という。平成筑豊鉄道は収益の大黒柱を失って経営危機に瀕している。産業再生機構は企業を再生させたかもしれないが、地域経済を破たんさせることにはためらいがなかった。
麻生ラファージュセメントは三井鉱山セメントの関連施設を撤去し、更地に戻した上で活用法を探ると説明してきたが、2005年10月に中村産業が工場敷地と運動場、専用鉄道停車場などを取得した。同社は三井鉱山田川鉱業所の運送業者として創業し、現在も鉱業関連で事業展開する田川市の有力企業。
辺鄙な山間で石灰まみれ、場所によっては騒音と振動もあるとくれば、廃棄物処分場か資材置き場に使うくらいしか跡地の利用法はないと思っていた。しかし同社に言わせれば、「田川の栄枯盛衰を物語るモニュメントのような場所」。同社は敷地約18万㎡に池のおく園なる広大な庭園を建設し、2008年4月に開園させた。
池のおく園には、近代日本の和・洋画、陶磁器、彫刻、ガラス工芸、硯などを展示する「中村美術館」のほか、予約制の四季会席「好日庵」、フランス料理店「ベルセゾンナカムラ」などの高級料理店がある。同社は「地域文化を活気付け、郷土田川の新たなる街づくりのお手伝いができればと念じて止みません」と開設意義を述べている。
2005年11月5日作成、2008年11月1日更新
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Mitsui Mining Cement Tagawa Plant (Closed) & Sekinoyama Quarry