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2006年04月04日更新

日産自動車 九州工場

業種分類
輸送用機械 - 自動車組立
操業等
1975年04月操業開始。生産能力年産53万台。従業員数約4600人。敷地面積236.2万㎡
場所
苅田町新浜町1-3
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日産自動車九州工場ゲストホール

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日産自動車九州工場正門

衛星写真

あらまし

日産自動車九州工場は、同社最大の車両組立能力を誇る主力工場。日産全体の乗用車生産に占める割合は約3割。生産した自動車は約6割が北米中心に輸出される。小型トラックのみの生産だった黎明期はエンジンから車両組立までの一貫工場だったが、現在は基幹部品を横浜工場から取り寄せる。

九州工場はトヨタ自動車九州のような生産子会社化による権限の拡大を望んでいる。開発部門設置の要望なども本社へ出しているそうだが、本社にその気がなさそうだ。現状は海外の組立工場と同じで、単なる手足に過ぎない。

地図

経緯と沿革

日産は北九州の戸畑鋳物(戸畑駅前にあった日立金属)から自動車部を切り離して会社を設立した経緯がある。1933年設立の自動車製造株式会社(翌年に「日産自動車」と改称)の創業者は戸畑鋳物社長の鮎川義介だった。九州工場は1973年に建設を決定、1975年にまずはエンジン工場が操業を開始した。

1970年代の北九州は重厚長大産業の斜陽が決定的になり、加工産業へ転換する必要性に迫られていた。地元は日産の里帰りに熱を入れたが、当時の北九州は加工産業の集積が弱く、日産にとって北九州への進出は一種の冒険だった。もっとも、ここで培ったノウハウは後に海外工場を建設する際に役立った。

工場は1976年に小型トラックの生産を開始して本格操業へ移った。1982年に転機があり、乗用車の生産を開始してエンジンの生産は止めた。その後は順風満帆に生産台数を伸ばし、1992年に第二工場「夢工場」を加えて現在に至る。

工場北側に専用外航埠頭の苅田日産インターナショナルワーフを開設したのは2000年。これ以降は生産した車両をそのまま輸出できるようになった。自動車組立工場はなぜか内陸にあることが多いが、輸出産業にとって臨海工場の物流効率は魅力的なはずだ。

2006年現在の生産車種は、ティアナ、エクストレイル、プレサージュ、ムラーノ、ラフェスタ、アルメーラユニット:アクスル、ADバンの7車種。年産50万台超はフル稼働で、従業員は不眠不休で生産に当たる。

北九州工業地帯の雄

日産自動車九州工場は北九州工業地帯で最大の雇用と生産高を誇る。新日鐵八幡が地域に君臨した時代は遠くへ退き、苅田臨海部が洞海湾地域に代わって北九州工業地帯の主力地域にのし上がった。苅田町の製造品出荷額は北九州市とほぼ同額にまで成長している。

参照記事(他サイト)
九州工場 - 日産自動車
関連項目(ガゾーン内)
日産自動車九州工場ゲストホール - 戦前のダットサンとレース車
トヨタ自動車九州 苅田工場 - 2005年12月操業開始のエンジン工場
トヨタ自動車九州 - トヨタが100%出資する生産子会社。宮田工場
ダイハツ車体 大分中津工場 - 前橋市から全面移転した生産子会社
門司行橋線(苅田臨海工業線) - 工場前の道路。6車線の産業道路

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