2006年11月21日更新
末広1・2号岸壁 岸壁に並ぶ建物はラブホテル
浅野南岸壁、砂津西部1・2号岸壁
小倉渡し場 通常は馬島・藍島行きの渡船こくら丸が発着
衛星写真
砂津埠頭(小倉港)は、砂津泊地に面した公共埠頭。泊地は紫川水系砂津川の河口にある。西岸は小倉北口の商業地域、東岸はもっぱら更地の工業専用地域、河口周辺は準工業地域で、江戸時代に開けた長浜漁村がある。
川尻に砂津川尻1・2号物揚場、河口東側に末広1・2号岸壁、河口西側に浅野南岸壁と小倉渡し場、北九州国際会議場がある浅野東岸に砂津西部1・2号岸壁。末広西岸に東西オイルターミナル(旧コスモ石油)小倉油槽所の桟橋がある。
砂津西部2号岸壁の小倉国際旅客船ターミナルと小倉油槽所桟橋は国際埠頭施設に指定される。
砂津埠頭は国際旅客航路も国内貨客航路もなくなって手持ち無沙汰だ。関門海峡花火大会などの行楽時にはさまざまな遊覧船が入港して、ひとときの賑わいを見せる。
小倉国際旅客船ターミナルは、2002-4年に韓国の蔚山・釜山行きの大型高速船 ドルフィンウルサン号(武星、定員420名、総トン数540トン)、2002年に釜山行きの超大型高速船 オーシャンフラワー号(大亜高速海運、定員520名、総トン数2963トン)が発着した。現在は仮設のターミナルを含めて全部なくなった。
ドルフィンウルサン号、オーシャンフラワー号ともに初就航以来、毎度の遅延と度重なる欠航が乗船率を下げてゆく悪循環だった。1991年に下関―釜山を結んだ高速船も遅延と欠航ばかりのずさんな運航を繰り返し、わずか1年4ヶ月で自滅した。三度も同じ理由で失敗するのは学習能力がなさすぎる。
小倉国際旅客船ターミナルの受け入れ態勢も最低だった。北九州市が用意したのはプレハブの掘っ立て小屋。遅延と欠航だけでうんざりなのに、やれやれ到着すれば通関で数時間の足止めを食らう。外国からの客人をもてなすという発想がなかった。こんな体たらくでだれがもう一度利用したいと思うのか。
韓国への高速船航路は博多港というライバルがいた。手ごわい先発事業者から利用者を奪取するには、後発事業者は準備万端整えて戦いを挑む必要があった。無様な負け役を買って出て、韓国への高速船航路は博多港の一人勝ちと宣伝してやったようなものだ。
砂津西部岸壁は2号が国際航路用なら、1号は国内航路用だった。1号岸壁には関西汽船が運航する松山行きの夜行フェリーが発着した。昼間はいつもフェリーが身動ぎもせず停泊して、海上レストランではないかと疑われたものだ。2003年に新しく完成した浅野フェリー埠頭へ発着所を移した。
現在の砂津西部1号岸壁には定期船の発着がない。この岸壁にはフェリー用の桟橋までが備わっているのだから活用しないのは惜しい。日明と彦島を1日32往復する関門海峡フェリーをここへ移せないか。小倉北口で発着すれば自動車客以外の利用が見込める。通勤通学には便利この上ない。
浅野南岸壁の小倉渡し場には北九州市営渡船のこくら丸が発着する。航路は藍島―馬島―小倉。所要時間は約35分。ボイジャーなどの不定期の小型遊覧船が着岸することもある。
砂津泊地は小倉駅北口から徒歩数分の位置にあり、都心部の海辺の顔として期待される。注目が集まるのは未利用地が広がる末広地区だ。北九州市港湾局は「石油タンク群移転跡地を含む砂津泊地沿いに多彩な施設を整備」と謳う。サッカー場などを配置した青写真を見たことがあるが、JFLに昇格したニューウェーブ北九州の本拠地にしたらどうか。
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