ガゾーン関門北九州圏

2008年03月29日更新

彦島道路

設計・施工
未調査
竣工・規模等
1975年09月30日開通、延長4460m、暫定2車線(歩道なし)、総事業費71億円。彦島大橋=PC、延長710m、支間長236m、幅員8.5m、事業費17.5億円。彦島隧道=C、延長868.0m、幅員9.30m。金比羅隧道=C、延長265.0m、幅員8.80m
場所
下関市彦島緑町―金比羅町

自動車の目

あらまし

彦島道路は、下関市内の彦島と山陰地域を結ぶ主要道路。県道252号福浦港金比羅線の本村町から終点の金比羅までの区間を指す。山口県道路公社が運営する有料道路として1975年に開通し、30年の料金徴収期間が満了して2005年9月30日に無料開放された。

彦島は面積11.22km2と戸畑区より一回り小さな島だが、かつては単独で市制施行を目指すほどの人口を擁した。現在も3万4000人が島内に住む。その彦島と下関を連絡する道路が県道250号 南風泊港線の関彦橋だけでは、あまりに心もとなかった。彦島道路は関彦橋の通行容量に不安があったことや、緊急時の代替路を確保する必要性から建設が計画された。

ただ、彦島道路は延長4460mに対して通行料金が310円とべらぼうに高く、市民に敬遠された。1982年に小門海峡の水門に電気仕掛けの可動橋が架けられ、関彦橋の混雑がやや緩和したのも彦島道路には負の影響があったろう。類似例の若戸大橋と異なったのは、無料で通行できる橋の有無だ。若戸大橋が大盛況なのは、他に代替路がないという事情があった。

結局、彦島道路は通行量が計画を大幅に下回ったことから、料金徴収期間が満了して36億3100万円の未償還金が残った。通行量が少なかったことは、彦島トンネル内が排気ガスで汚れていないことからも知れる。山口県はこの道路をすっぱり損切った。税金で穴埋めしたことに非難はあろうが、料金徴収を継続しても料金徴収のための人件費で消えてなくなるが実情だ。

無料化してようやく彦島道路は主要道路として機能するようになった。現在は下関都心を迂回して島外へ出る道路として重宝がられる。

彦島大橋

彦島道路の土木としての見所は彦島大橋だろう。このディビダーク工法(やじろべえ工法)で架けたプレストレスト・コンクリート橋は支間長が236mもあり、竣工時は世界最長のコンクリート橋だった。ちなみにディビダーク工法というのは、ドイツの土建屋が開発したカンチレバー工法の一種。

T桁のラーメン橋だから、傍から見て美しい橋とは言えない。山間の見えない場所なら実用一辺倒でよかろうが、小門海峡の北口にこれはどうだろう。景観にまったく溶け込んでおらず、竣工から30年が経過しても違和感が消えない。

道路を走る自動車から見れば、上路式だから構造体が目に入らず見晴らしがよい。中央部が高くなっていることから、入口から中央にかけては空へ上るような爽快感がある。

関門海峡道路の一区間

彦島道路には下関西道路と関門海峡道路をつなぐ役割がある。交通量が伸びなかったため料金徴収期限の満了までを暫定2車線のまま全うしたが、4車線化するための拡幅用地は収用を終えている。

関門海峡道路は、下関西道路―彦島道路―関門海峡道路―北九州都市高速道路2号と接続し、関門海峡に地域高規格道路による新たな大幹線を構築する。山陰と九州を結ぶ広域道路としての役割もあるが、重要なのは下関都心と北九州都心を直線で結び、関門市民のための生活道路を確保することだ。

関門橋や関門国道トンネルは関門都市圏を通過する車両によって占有され、肝心の関門市民が弾き出されている。二つの都心を結ぶ路線としては途方もなく遠回りというのもよくない。関門海峡道路が開通すれば、都心間の移動時間は現状の半分に縮まる。関門特別市創設のためには必要な道路だ。

参照記事(他サイト)
彦島大橋 - ぶちしものせき
彦島大橋 - 七管
彦島隧道 - トンネル・ウェブ
金毘羅隧道 - トンネル・ウェブ
関連項目(ガゾーン内)
下関漁港閘門 - 小門海峡の世界最小のパナマ運河式水門。可動橋も
関門鉄道トンネル - 世界初の海底トンネル。単線並列式で間隔は約20m
関彦橋 - 下関と彦島を結ぶ大動脈。県道250号南風泊港線の桁橋
関門橋 - 関門自動車道の吊り橋。竣工当時は東洋一の吊り橋
若戸大橋 - 有料国道(国道199号)の吊り橋。竣工当時は東洋一の規模

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