2008年10月11日更新
本店外観
ピロティ正面に埋め込んだ現金自動受払い機コーナー
ピロティ 正面を塞がれて「晴れ」の感覚は乏しい
1970年代は合理主義の全盛期だ。福岡ひびき信用金庫本店は、全面カーテンウォールの北九州市庁舎(1972)が時代の寵児と持て囃された時代にあっては反逆的に見えるが、村野藤吾はドイツ風の重厚と暗鬱を愛した人だった。
とはいえ村野は時代感覚に鋭く、自分の嗜好とは別に、次の時代がなにを求めているかもよく知っていた。山口銀行宇部支店(1939)のように近代建築の雛型を合理主義(モダニズム)に則って洗練・簡素化する手法は戦前から用いた。
この時期にこんな設計を行ったのは、村野が趣味性と装飾性が復古する次の時代(ポストモダン)を予見していたからとも言えるが、なにより施主が村野の芸術に理解があったからだろう。村野は同じ時期に合理主義の建築も多数手がけた。
建物は低層のホール棟を鋭角の交差点角の前面に出し、その背後を囲うように高層の事務所棟を配置する。ホール棟の1階は村野が得意としたピロティ。全体としては宇部全日空ホテル(1983)と同じ雛型を用いながら、様式の方向性はがらりと違う。
ホール棟は手前ほど壁面が高く、金融機関らしく敷居の高さを強調する。事務所棟には壁面と親和した窓枠や、屋上の弓なりの欄干、玉を両側から板で挟んだような塔屋など多数の優れた意匠があり、全体も破たんなく完成度が高い。
合理主義の時代は遠のき、個性が礼賛される時代になった。建築が幾何学だった1970年代にあって、この建物の個性は輝いて見える。
2007年6月14日作成
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