2008年10月11日更新
ショッパーズモールなかま 全景
東館 吹き抜け広場
東館 ダイエー中間店1階売り場
東館と西館を連結する屋根付き広場
西館 フードコート
西館 専門店街1階売り場
モール館 16幕の複合映画館 ユナイテッド・シネマ
曲川に蓋をした歩行者道路 モール館前
曲川に蓋をした歩行者道路 東館と西館の連結部付近
県道48号から見たパチンコ ドットコム
ショッパーズモールなかまは、ダイエー(本社、神戸市)が開発した郊外型の大型複合商業施設。ダイエー中間店が陣取る「東館」、ダイエー専門店街とベスト電器からなる「西館」、16幕の複合映画館やゲームセンター、そのほか小売店からなる「モール館」の3棟で構成する。
1990年代は郊外ショッピングセンターの先駆けとして大いに気を吐き、黒崎商圏の生命線である筑豊電鉄沿線からバキュームのように客を吸い上げた。しかし2000年代になるとダイエーの屋台骨が傾ぎ、一方でイオンの出店攻勢で包囲網を築かれて、ここ数年は存在感が薄い。
ダイエーが筑豊電鉄通谷駅北口の溜池があった場所に中間店を出店したのは1978年だった。中間市の人口は1980年の国勢調査によれば、前回調査比で10%以上の増加。旧産炭地として憔悴しきった中間市は、1970年代から北九州の郊外化の最前線として、筑豊電鉄沿線を中心に新興住宅地で埋め尽くされていった。
新市民の増加に比例して、商業分野でも旧産炭地時代の商店街が廃れて沿道型の郊外商業が隆盛をみた。ダイエー中間店を商業核として、JR中間駅東口と筑豊電鉄通谷駅を結ぶ道なり1.8キロの「ふれあい通り」に各種店舗や公共施設が集まり、次いで県道48号を南下して中間市役所までが沿道型商業地として開けた。アメリカ風の町並みは車で流すと賑やかな感じだ。
いち早く大都市郊外の自動車社会を実現した中間市は、郊外の勤労者世帯に市場を求めた総合スーパーには魅力的だったろう。ダイエー中間店は昭和の終わりまでは先駆者の利と人口増加に伴う市場規模拡大によって繁盛した。変調をきたしたのは時代が平成に移るころからで、北九州市の人口減少や宅地開発の終了によって人口が増えなくなり、営業努力なくしては売り上げを伸ばせなくなった。
1993年に家電・スポーツ・ファッションのディスカウント店「バンドール中間」を増設した。総合スーパーが関の山だった郊外が、消費者の囲い込みをめぐって都心(=黒崎)に戦いを挑んだ最初の一歩だった。1998年には複合映画館やゲームセンターを核とした「ショッパーズモール専門店街」をさらに建設し、ショッパーズモール中間は最盛期を迎えた。
世紀末のショッパーズモール中間は勇ましかった。「九州最大級の郊外型複合商業施設」「国内最大の16のスクリーンを持つシネマコンプレックス」「北九州最大のアミューズメント施設」などの輝かしい宣伝文句を並べ立て、初年度売上高目標として黒崎そごうの売上高を上回る247億円を掲げた。都心から郊外への主役交代を印象づけるのに十分な内容だった。
周囲に目をやれば、1995年には下曽根駅前に北九州初のアーケード型ショッピングモールを備えたザ・モール小倉が開業した。一方で2000年にそごうが経営破たんし、北九州では都心部の暗黒時代が始まった。郊外時代の本格的な幕開けは、しかし2002年にイオン若松が開業して北九州西部におけるダイエー独壇場の終焉でもあった。
ダイエーはイオン若松に対抗すべくこの年に全館改装を断行、客離れが進む総合スーパーの床を約3000㎡削って専門店街にあてがい、商業施設は現在の「ショッパーズモールなかま」になった。しかしダイエーの稼ぎ頭がふたたび輝きを取り戻すことはなかった。中間市の年間販売額は1999年を頂点に減少に転じ、2004年には2割強減少した。人口もふたたび減少に転じ、近年は減少幅が拡大傾向にある。
以降は資料がないが、北九州西部では2005年にイオンモール直方、2006年にイオン八幡東が開業した。全体のパイが小さくなる中で競合店は増え続け、ショッパーズモールなかまが世間の耳目を集めるのは難しくなった。現在の商圏は中間市とその周辺の10万人程度とみられる。ダイエーは2007年にかつて格下と見下したイオンの傘下に下った。
ショッパーズモールなかまは郊外型ショッピングセンターへ変容を遂げた総合スーパーだ。1978年開業のダイエー中間店(現在の東館、店舗面積1万5565㎡)は当時のダイエーの郊外標準店舗で、同時期のダイエー徳力店と基本仕様を同じくする。どちらも店舗面積1万5000㎡前後の総合スーパーを2層で展開し、駐車場は屋上、平置きを合わせて1000台以上を確保した。
中間店が徳力店と異なったのは、建物の背後にどぶ川が流れ、対岸にも敷地があったことだ。対岸を中間進出当初から押さえていたのか、後から取得したのかは知らない。前者は考えにくいが、もしそうなら将来の大規模拡張が念頭にあったことになる。後者なら中間店は単純についていた。
1993年開業のバンドール中間(現在の西館、店舗面積1万0789㎡)は曲川の対岸に建設し、東館と西館を連結するために曲川の上にドーム屋根を被せた丸い広場を設けた。写真では建物ががっちり繋がっているように見えるが、空調が効いていなかったから屋外の扱いだろう。
西館は窓が並んで事務所のようだが、建物は地上4階一部5階で、東館側の窓際を除けば、1・2階が商業床、3・4階と屋上が750台収容の自走式駐車場になっている。内部は四角い箱を直線で通路割りしただけで、業者向けの展覧会場のような愛想のなさだ。フードコートは大学の食堂を思い起こして懐かしかった。
1998年開業のショッパーズモール専門店街(現在のモール館、店舗面積9138㎡)はバンドール中間の西側に増築した。外観の意匠はフィルム映写機に着想を得たようだ。建物は西館・モール館ともに鉄骨造だから、壁を取っ払ってべったり糊付けにし、一つの建物になっている。設置者はイオン若松の設置者でもあるグリーンプラザ開発(本社、中間市)。
壁を取っ払っても内装は統一していないから、西館とモール館の境界線ははっきりしている。モール館の内部は吹き抜け広場を中心として、1・2階が専門店街とセガ・アリーナ、5・6階がユナイテッド・シテマで、3・4階の自走式駐車場を挟み込む。駐車場をサンドイッチにした建物といえばさわらびガーデンモール八幡(2004)があるが、モール館のほうが特異な印象を受けた。
建設時期から察すると、1・2階をピロティ駐車場にして建設費用を圧縮したかったろう。しかし東館・西館との連続性を考慮すれば1・2階は商業床にしなければならなった。で、次善の案として3・4階を駐車場にした。複合映画館に関しては、上層に追いやるのなら3・4階でも5・6階でも客足に大差はない。
この頃に敷地内の東館と西館のあいだを流れる曲川全体を暗渠化したようだ。暗渠上の歩行者道路はちょっとした野外買い物空間になっていて、東館側には出店が並ぶ。モール館前あたりは歩道がぐねぐね曲がりすぎて気味悪い。すっきり一直線にしろと風情のないことを言うつもりはないが、度が過ぎるのも考えものだ。わたしには雑な仕事にしか見えなかった。
ショッパーズモールなかまは、その時代時代の要請に従って建物を付け加える形で大きくなった。継ぎ接ぎの構成には郊外の商業施設にはない界隈性あるいは猥雑性があり、店内をさ迷う楽しさがある。イオンなどの理路整然とした完成施設にはない魅力だろう。
2007年3月7日作成
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Shoppers Mall Nakama (Shopping Center)