2006年07月28日更新
写真提供 生霊
ベイサイドプラザ若松は、再開発組合が施工した若松A地区第一種市街地再開発事業による住宅組み込み複合施設。A-1棟とA-2棟の二つの建物からなり、両者は都市計画道路・本町桜町線を挟んで相対する。
A-1棟は下から商業施設(サンリブ)、公共施設(市立若松図書館)、業務施設、駐車場、共同住宅。A-2棟は下から商業施設(各種店舗)、業務施設、駐車場。両者は2階の歩道橋で連結し、A-1棟の南側は歴史的建造物が集積する若松バンドに面する。若松の中心部では圧倒的な規模を誇る。
若松はかつては日本一の石炭積出港として栄えたが、エネルギー革命以降は洞海湾によって隔てられた地理的な悪条件から、北九州の中でも取り残された地区になった。八幡西区より都心部に近いにもかかわらず、郊外住宅地として生まれ変わるでもなく、閉塞感が漂う。そこで、市街地の活性化を図るために計画したのがこの再開発ビルだった。
建物の形状は1980年代に住宅組み込み複合施設として定番化した型で、カラトピア(1986)のゾンビのようなものだ。地域のランドマークとしての期待を裏切り、歴史地区に対して調和する配慮もなければ決別する意志もなく、海岸に面する立地特性も生かさなかった。この図体ばかりでかい鬱陶しいハコを見るたびに、設計者に対する怒りが沸沸と込み上げてくる。
カラトピアが竣工した1980年代は規格化と大量生産の時代だった。時代の潮流には逆らえない。しかしベイサイドプラザ若松は1980年代の竣工ではなく、2000年の竣工だろう。やっつけ仕事にもほどがある。
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Bayside Plaza Wakamatu