2008年10月19日更新
写真提供 生霊
ベイサイドプラザ若松は、再開発組合が施行した若松A地区第一種市街地再開発事業による複合施設。A-1棟は、商業施設(サンリブ)、公共施設(市立若松図書館)、業務施設、駐車場、共同住宅からなる。A-2棟は、商業施設(各種店舗)、業務施設、駐車場からなる。両者は中川通りを挟んで相対し、2階の歩道橋で連結する。若松中心部ではずば抜けた規模を誇る。
若松はかつては日本一の石炭積出港として栄えたが、エネルギー革命以降は洞海湾によって隔てられた地理的な悪条件から、北九州の中でも取り残された地区になった。八幡西区より都心部に近いにもかかわらず、近郊として生まれ変わるでもなく、閉塞感が漂う。そこで、市街地活性化の切り札として計画したのがこの再開発だった。
若松A地区は洞海湾べりの位置にあり、利便性と風光明媚を両立した好立地だ。しかし土地の有効利用が図られておらず、新たな拠点づくりが望まれた。再開発は1988年に若松活性化協議会が地権者へ呼びかけたことにより興る。「久岐の浜(若松駅構内跡地の住宅団地)や響灘開発などとの連携を図るとともに、地区の特長を活かした海に開かれた街づくりを目指した」(北九州市)という。
建物の形状は1980年代に住宅組み込み複合施設として陳腐化した型で、カラトピア(1986)のゾンビのようなものだ。地域のランドマークとしての期待を裏切り、歴史地区に対して調和する配慮もなければ、かといって決別する意志もなく、海岸に面する立地特性も生かさなかった。この図体ばかりでかい鬱陶しいハコを見るたびに、設計者に対する怒りが沸沸と込み上げてくる。
ベイサイドプラザ若松を旧市街の切り札ではなく、久岐の浜の拡大と考えれば得心がゆく。若松は石炭景気が華やかだったころの「中心市街地」と、久岐の浜に代表される汎用型の「近郊住宅地」が隣り合わせだ。近年は歴史地区のど真ん中にシリーズ物の分譲マンションが建設されるなど、長らく独自色を保ってきた若松も北九州市の都市再編に飲み込まれつつある。
2006年7月28日作成、2008年9月13日更新
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Bayside Plaza Wakamatu