2008年12月24日更新
勝山公園から見た井筒屋新館 2008年12月
紫川東通り 2003年3月
北九州市の都心づくりは1990年代以降、200万都市圏の都心づくりを謳ったマイタウン・マイリバー整備事業に沿って進められ、1993年度、1998年度、2003年度と5年おきに拡張があった。
小倉井筒屋新館は第二弾の一つ。井筒屋が本店南側の自走式駐車場を撤去して新館建設に乗り出した背景には、1993年に開業した小倉そごう(セントシティ北九州)への対抗心があった。
井筒屋とそごうの百貨店戦争は先行した黒崎では激しかった。「黒崎そごうオープンにあたり、同業競合店『八幡井筒屋(現 黒崎井筒屋)』対策としてハード面で八幡井筒屋の増床拡張を抑えるために道路を挟んで南側の酒店の土地に『ふれあい会館』を建設。また、道路を挟んで東側アーケードの旧焼肉店跡地を購入し、ゲームセンターとして貸し出した」(黒崎そごうメモリアル)。
黒崎ではいとも簡単に包囲された井筒屋は、本店では負けなかった。百貨店戦争は2年後にそごう本体が経営破たんして、井筒屋の勝利で終わる。
井筒屋は当初、新館を本館と揃いの茶色のタイル張りにする意向だった。小文字通りのクエスト(1994)が念頭にあったろう。ところが末吉興一市長がより華やかな外観を求めたために、不揃いの色彩計画になったそうだ。建物は色彩からして井筒屋の新館というよりは、小倉そごうの新館のようだ。
新館と本館は5階と8階を空中通路で連結する。新館は北側が本館と同じ8層で、ガラスの壁面で空間の広がりを演出する。南側は機械式駐車場を組み込み、窓のない大壁面を見せる。
2005年8月10日作成
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