2005年10月16日更新
北九州市立大学は、戦後の1946年に創立した小倉外事専門学校が前身。まだ小倉市だった1953年に北九州大学と改称、1963年の北九州市発足に伴って北九州市が設置管理者となった。2001年に北九州市立大学と改称、2005年からは地方独立行政法人。
本館のある北方校舎は小倉競馬場と陸上自衛隊城野分屯地に挟まれた狭苦しい敷地にある。元が外事(外国語)専門学校だから、総合大学を盛る器ではないのはやむをえない。本館以外の各校舎は戦後の合理主義の時代に竣工したため、羊羹形建物の団地配列で面白みがない。
池原義郎が設計したのはこの本館だけである。建物は敷地の南東角にあり、ほぼ立方体の講堂棟を中心として、南に7階建ての板チョコ形の低層棟、東側に14階建ての高層棟を配置する。棟が本当に分かれているわけではなく、一つの建物をデザインで区分した。
高層棟は階段状に駆け上がり高さを強調し、地域のランドマークとしての役割を果たす。コンクリート壁にガラスブロックを張り出す西壁(写真)の意匠は、アパートのベランダと非常階段に着想を得たのだろう。戦災復興期のアパートは狭い室内に大家族を収容するためにベランダを室内化した違法増築が多いが、この建物は構造的にはそれとよく似る。池原義郎は古い様式や様態を記号化・抽象化して、当世風に変換するのが得意だ。
内部は大階段が主役の学生ホールが見もので、丘陵地に造成した公園のような雰囲気がある。1cmの段差も障壁と非難される時代にあっては反逆的といえるが、学生といえば普通は20歳前後の元気一杯の世代で、大学ゆえに許される空間演出ということになろうか。
人間は怠惰な性質だから未知よりも既知を好む。権威は模倣や懐古を毛嫌いする一方で系譜を重んじる。他者との接点を失った個人表現は、良し悪しは別として評価はされない。池原義郎の表現はこの意味で優等生的だ。かれの斬新はその根拠を遡及できるために正統派と見做される。
この建物は第38回建築業協会賞(BCS賞)の受賞作品。池原義郎は北九州とは相性がよく、北九州プリンスホテル(1989)と唐戸市場(2001)でも建築業協会賞を受賞している。
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