ガゾーン関門北九州圏

2008年01月12日更新

旧ラフォーレ原宿・小倉

設計・施工
北島正行=日建設計(設計)、鹿島・奥村・大成・鴻池建設共同企業体(施工)
竣工・規模等
1993年03月竣工、延床面積1万7461㎡
場所
北九州市小倉北区浅野2-14-5
画像 画像

あらまし

ラフォーレ原宿・小倉(小倉興産21号館)は、森ビル流通システム(本社、東京都)の子会社が経営する若年層向けの衣料品を中心に扱う大型店舗。ラフォーレ原宿(原宿、松山、新潟)とは経営主体が異なる。建物は小倉興産がラフォーレのために建設したもので、原宿・小倉は小倉興産の関係会社でもあった。

小倉興産は2005年2月にアパマン(本社、東京都)に買収された。アパマンは小倉興産の石油事業を売却し、従業員を大量解雇して、目当ての不動産だけを取り上げて2006年7月に会社を消滅させた。原宿・小倉もアパマン主導により2007年1月に閉鎖された。同社は2007年8月にKMMビル群を売却するなど、あからさまな換金売りを一貫して進めている。

ラフォーレ原宿

小倉北口では商売が成り立たない。これが地元小売業者の通説だった。閉鎖地区に人を呼ぶのが難しいのは、小倉北口に限らず横浜でも東京でも同じだ。したがって、小倉興産が自社開発の目玉としてラフォーレ原宿の誘致を決めたときは、外野が長持ちしまいと冷やかしたそうだ。

しかしラフォーレ原宿の知名度は高く、「北九州のファッション中心地」という認知を受けるのにさほど時間はかからなかった。ここへ通うために周辺自治体から引っ越してくる熱烈なファンもいた。商圏の広がりは山口県西部や大分県北部などを含む関門都市圏広域に及び、小倉興産の経営が傾くまではそれなりに成功した商業施設だった。

2004年に建物の老朽化により老舗ファッションビルの小倉東映会館が閉鎖した。ラフォーレ原宿の勝利に終わったと考えていたが、原宿・小倉は2003年開業のリバーウォーク北九州や2004年開業のセントシティ北九州との競争により体力を消耗していた。庇護者である小倉興産がアパマンに買収されたのが運の尽きだった。

小倉興産はラフォーレ原宿・小倉が入居する建物の所有者であり、小倉北口の発展のために利益が出ないのを承知でラフォーレ原宿を囲っていた。しかし禿たかアパマンは小倉興産を換金の対象として毟れるだけ毟る腹積もりだったのだから、原宿・小倉を維持するために家賃を補助する考えは毛頭もなかった。

建築計画

小倉興産は小倉北口に風格のある都心空間を形成しようと社運をかけた。小倉興産21号館は小倉北口の商業核と位置づけられ、北隣のリーガロイヤルホテル小倉(小倉興産16号館)、北東隣のポステ(小倉興産15号館)と共に1993年に竣工した。開発以前は小倉興産の平面駐車場だった。

21号館は若者向けのファッションビルらしい軽快な印象を受ける。通路の主軸を駅前の角から反対側の角へ抜ける対角線に取り、小倉駅北口を回遊する空中回廊を建物内部に取り込んだ。街を行き交う人人を建物内部に誘い込むことで賑わいを演出しようとした手法は好感が持てる。

しかし小倉北口は埋立地ゆえに界隈性は皆無。地区の南側を幅広の線路で塞がれ、残り三方を海に囲まれ後背地が存在しない。それでなくても人影まばらな場所で動線を地上面と空中回廊面の二つに分散したものだから、賑わいではなく閑散が強調される結果になった。

参照記事(他サイト)
ひまわり町内会
関連項目(ガゾーン内)
リーガロイヤルホテル小倉 - 小倉興産。北九州でもっとも格の高いホテル
KMMビル - 小倉興産。北九州を代表するビジネスセンターの一つ

ご存知の情報をお寄せください。

©2008 GaZONE Kanmon-Kitakyûsyû. Morrie & Co. All rights reserved.

LaForet Harajuku Kokura