2008年04月23日作成
ランデージ黒崎は、大東建託(本社、東京都)が黒崎の国道3号筒井町交差点北西に建設した賃貸の業務ビル。JR黒崎駅から徒歩7分の場末に立地し、貸事務所は竣工以来がら空きで常に店子募集中の状態。住所で検索しても同社関連の事務所しか出てこない。
大東建託は全国各地に膨大な支店網を張りめぐらせた建設業者だ。管理子会社の管理区域でみると、北九州市内は北九州営業所と下関営業所(門司区、小倉南区)が二分割する。黒崎に北九州支店があるのは、ランデージ黒崎ビルが同社の建託システムによる物件だからと言われる。
土地所有者に無理を言って高級ビルを建てさせ、一括借り上げしたまではよかったが、店子が入らず自社の関連事務所を入居させて穴埋めしているわけだ。とはいえ、大東建託は筒井町交差点界隈に自社物件をいくつも持ち、大東建託村を形成している。黒崎にそれ相応の営業基盤があるのだろう。
ランデージ黒崎ビルは北九州プリンスホテル絡みの黒崎テクノプラザⅠ(1993)と並んで黒崎の業務ビルとしては双璧をなす。写真うつりがよくないが、車で本城熊手線の黒崎跨線橋(1965)を黒崎方面へ走れば、建物背面の大曲面が醸す量感に圧倒される。この建物は前面より側面~背面が上出来だ。
1993年竣工の2棟がともに場末にあるのは、黒崎の興亡と関係がありそうだ。黒崎は1979年のメイト黒崎の開業により北九州最大の商業地に昇格した。1980年代の黒崎は、黒崎そごう、八幡井筒屋、長崎屋黒崎店、黒崎デビューなどの大型商業施設がひしめき、小倉よりも賑やかだった。
しかし1987年に末吉興一市長が就任し、小倉都心に対して黒崎副都心という主従関係が定められて、黒崎の絶頂期は過ぎ去った。まちづくりには慣性の法則が働く。建築計画が実現するには3~5年が必要で、黒崎拡大の最前線に遅れて築かれたのが2棟の高級ビルだった。この後、黒崎の街は縮小に転じた。
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Landage Kurosaki (Office Building)