2005年12月10日更新
門司港ホテル(門司港レトロスクエアセンタービル)は、都市型ホテルと港湾業務施設からなる複合施設。夭折したアルド・ロッシの遺作。第一船溜の一部を埋め立てた場所に立地する。
建物は国道198号を北上した突き当たりにあり、近代と現代、外国と日本の境をなす「門」と位置づけた。門司港駅に向いた正面は典雅な古典的様式で、黄金のコーニスを際立たせた二柱の間にホテル玄関を挟み、両側に港湾業務施設などを配す。反対側はがらりと印象を変え、鮫を模した攻撃的な外観だ。
ロッシは設計にあたって、街の構成要素として重要な意味を持つ歴史的建築物に着目した。門司港ホテルの正面では、それら「街に点在するかけら」をまとめ上げる機能を与えたという。
密集市街地の街路を塞ぐかのような配置は、街区を門前町化したような視覚効果があり、来街者に「あそこになにか特別なものがある」という期待感と高揚感を与える。実際は三方を海に囲まれたどん詰まりにぽつんと建物が1棟あるだけなのに、街との関わり合いがうまい。
後からできたものが前からあったものを引き立て役にする手法は難しい。人間で言えば、引き抜きでやってきた年下の上司が生え抜きの年上の部下と付き合うようなものだ。ジャーディのリバーウォーク北九州(2003)は小倉城を庭にして従えようとしたが、うまくゆかなかった。ロッシは同時に景観調和も目指したため、街区を損ねることなく主役を椅子を手中にしたように見える。門司港ホテルは腰が低くて部下を褒めるのにも長けた上司だった。
一方、ロッシは漠とした第一船溜に対しては制約のない自由な表現が許されると考えた。この「門司の鮫」は評価の分かれるところだ。
黒川紀章は門司港レトロハイマートで「100年後に『平成のレトロ建築』として愛される建築を目指した」と言った。ロッシは門司港ホテルの表裏を使って過去と未来を同時に見据えた。かれが相反する難しい課題に取り組んで、この形に行き着いたことは確かだ。夜は屋上の投光器が燦然と輝き、鮫というよりは、これから海へ沈む潜水艦の風情がある。
門司港ホテルはロッシが建築を担当し、内田が内装を担当した作品。二人の協業(コラボレーション)は他の作品でも見られるが、これが集大成だ。ロッシはこの建物が竣工する直前に交通事故で亡くなった。
※宿泊案内や予約等に関しては、JTBの門司港ホテルのページをご覧ください。
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