ガゾーン関門都市圏

2008年10月18日更新

東京第一ホテル小倉

設計・施工
岡田建築設計(設計)、東洋建設+奥村組(施工)
竣工・規模等
1997年6月竣工、SRC/S、地上9階地下2階、敷地面積約1970㎡、建築面積1458.9㎡、延床面積9887.6㎡、事業費44億円
場所
北九州市小倉北区馬借1-2-1
画像

東京第一ホテル小倉 2005年8月

あらまし

東京第一ホテル小倉は、紫川馬借地区第一種市街地再開発事業によるホテル主体の複合施設。施行者は地権者5名が中心となって設立した紫川馬借開発株式会社。開業当時、建物は地下1~2階に3幕の映画館「シネシティ有楽」が入り、地上1階~9階に東京第一ホテルの宴会場、結婚式場、飲食店、客室などが入った。再開発以前は飲食店や映画館などの乱雑な小屋があった。

再開発

紫川河畔はいまではつんとすました都心の装いだが、1970年代頃まではひどい状態だったという。河畔は戦後の混乱期に不法占拠した掘っ立て小屋が川に張り出してひしめきあい、旦過市場裏の神嶽川のような状態が長らく続いた。紫川馬借地区は最後まで撤去されずに残っていた。

紫川を「200万都市圏の顔にする」としたマイタウン・マイリバー整備事業が始まり、紫川馬借地区は決断を迫られた。選択肢は二つあった。自主的に再開発するか。立ち退いて河畔になるか。勝山通り北側の船頭町あたりは後者を選択した。この地区は前者を選んだ。

再開発ビルは河畔に表を向ける。河畔の広場は北九州市が整備した。建物は小文字通りを城内から太陽の橋へ向かう場合、通りの反対側の川べりにあったガーデンホテル紫川(1984-2003)と並んで「都心への門」となるように全体設計がなされた。しかしガーデンホテルが愚かしくも撤去されて台無しになった。

地下の映画館はそののち相次いで進出した複合映画館にやられて閉鎖に追い込まれた。一方、ホテルは2003年に8.3億円の累積損失を抱え、施工業者かつ親会社の東洋建設が撤退して、ホテルマネージメント社に再建が委ねられた。2007年7月にホテルクラウンパレス小倉に名称変更。同社は北九州市内で三つのホテルを運営する。

建設業者が出資する建物は過剰投資に陥りがちだ。安普請より高級建築のほうが建設工事としては儲かるから、建物に金をかける。竣工後の経営については「なんとかなるだろう」くらいにしか考えていない。再開発ビルの場合は行政や地域の要求を聞き入れる必要もあり、事業費がますます膨れ上がる。

公共事業の採算度外視のコスト感覚は困りものだが、純粋な営利企業が手がける3年回収の消費建築を礼賛するわけにもゆかない。どこで折り合いをつけるのか。まちづくりは本当に難しい。

2005年7月19日作成、2008年3月2日更新

資料

参照記事(外部サイト)
東京第一ホテル小倉 - 建築写真集NO
東京第一ホテル小倉 - 東洋建設
紫川馬借地区 - 北九州市の再開発
関連項目(ガゾーン内)
小倉タワー - コカコーラ風の分譲タワーマンション。地上28階。
クエスト - 書店。大曲面の下層部と、箱型の上層部のバランスがよい。

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