2005年11月16日更新
行橋駅連続立体高架事業は、行橋駅付近のJR日豊線の連続立体交差、駅西口43haの区画整理、駅東口の再開発の三つの事業からなる。行橋は市街地の真ん中を鉄道が縦断して町が二分割されることから、鉄道を高架にして東口に広がる疲弊した中心市街地を西口へ新展開させようという狙いがあった。
事業は1992年10月22日に着工し、平成筑豊鉄道・日豊本線上り線・同下り線と順次高架橋に乗り入れて、1999年3月13日に新駅フレスタ行橋が開業した。6箇所の踏切が廃止されてJR日豊線の東西の交通は円滑になった。
フレスタ行橋は全長が311mあり、3次曲線を持つ上家屋根、高さ6mの防風スクリーンなどを備える。東西口のファサードには発光コイルを巻いた弓なりの柱を4本立てる。中世ヨーロッパの騎士を模した。東西二カ所の駅前広場や周囲の街路には楠やケヤキを植樹し、「駅を降りると、そこは杜だった」が整備方針。
設計者の柴田いずみは言う。「高架橋は道路レベルの交通にとっては便利でも視覚的には町を分節する。そこで、コンセプトを『優しいモンスター』とし、くさぐさの要素を統一して、街を歩く人にとっての背景となるように引き算のデザインにした」。日本鉄道施設協会土木工事施工部門最優秀賞。
当初事業費110億円の内訳は国が70億円(63%)、行橋市と福岡県がそれぞれ17億円、JR九州が5億5000万円(5%)。「国の補助率が高いので数多くの候補地が上がり、その中から国の事業に採決してもらうのは並大抵のことではなかった」と自見庄三郎・前衆議院議員は振り返る。
柏木武美・行橋市長が政治生命をかけて取り組んだ事業であり、かれの市長としての最大の功績だろう。ただ、行橋市は駅前再開発にこだわりすぎるために、平成の大合併では時代の波に乗れなかった。周辺自治体は合併特例債が駅前再開発のために湯水のように使われると敬遠したからだ。
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Yukuhasi Elevated Railroads Project