2010年8月4日更新
西日本工業大学デザイン学部(リバーウォーク北九州大学棟)は、室町一丁目地区第一種市街地再開発事業の第二期分として建設された商業・教育複合施設。前後期の後期となる第二期は、金光教小倉教会をL字形に取り囲む奥行きのない敷地2600㎡にA-2棟(大学棟)とB棟(自動車展示場棟)の2棟を設けた。
大学棟は1枚目の写真を見ると、板のように薄い建物に見える。航空写真で上から眺めると東側を底辺とした台形であり、見た目ほどには薄くない。底辺付近の奥行きは勝山通り向かいにある河合塾北九州校と同じくらいか。リバーウォーク北九州の商業施設とは2階の空中回廊で繋がる。
内部は1~2階の約900㎡に西部ガスのショウルーム ヒナタ北九州が入る。堅町にあった旧施設からの移転で、最新のビルトインコンロなどガス機器が多数展示しており、床暖房やミストサウナなども体験できる。料理教室などを開催して住宅関連の情報発信の場にするという。
2階~11階が西日本工業大学小倉キャンパス。西工大は設立当時、政令市である北九州市での大学設置が認められないために隣接する苅田町で開校した経緯があり、規制が撤廃されて都心回帰の機会を窺っていた。新校舎には住友金属小倉構内にあった小倉サテライトキャンパスと、新設のデザイン学部が入る。
ちなみに自動車展示場棟はレクサス小倉だ。レクサスはトヨタの北米向け高級車ブランドとして1989年に誕生し、リバーウォーク第二期の折に国内市場に投入され、めぐり合わせがよかった。事業主はネッツトヨタ北九州で、設計はレクサス店舗設計共同体、施工は松尾組。大学棟とは完全に別の事業になる。
大学棟の意匠設計を担当したマイケル・グレイブス事務所は、リバーウォーク北九州の第一期・第二期を総合監修したエフ・ジェイ都市開発(現、福岡地所)が好んで利用するアメリカの設計事務所だ。代表者はアメリカを代表するポストモダンの建築家として知られ、ラスベガス風の極彩色建築のほか、インテリア、プロダクト・デザイン、グラフィック・デザインなども手がける。初期の代表作はポートランド・ビル(1982)。
設計主任はゲーリ・ラペラという人のようだ。有名人の下で働いていると日の目を見ないが、複合施設や住宅関連はかれが一手に引き受けている。福岡市にあるももち南2街区B棟(1989)、ネクサス百道タワー(1996)、テン・グッド・シティ(2001)は、かれの作品。ジョン・ディエボールという人が担当したハイアット・リージェンシー福岡(1993)を含めて、すべて福岡地所が斡旋した。
福岡市の都市景観の形成にあたって福岡地所が果たした役割は大きい。キャナルシティ博多(1996)を筆頭としたラスベガス風の極彩色建築は、福岡地所の尽力により福岡のアイデンティティに高められたと言っても過言ではない。新時代の北九州を代表する建築物が、自らのアイデンティティを示さず、福岡を騙るのは情けない。
2006年12月23日作成、2010年8月4日更新
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Nisinippon Institute of Technology, Faculty of Design