2010年7月29日更新
平和通り、クエスト前から小倉タワーを望む 2010年7月
勝山公園から小倉タワーを望む 2008年12月
紫川河畔から小倉タワーを望む 2008年12月
勝山公園 北九州市立中央図書館前から小倉タワーを望む 2009年4月
建設中のキャピタルタワー(左、クレーンのみ)、小倉タワー(中)、トーマスタワー(右) 2007年8月
建設中の小倉タワー 2006年12月
建設中の小倉タワー 2006年10月
小倉タワー(開発名、アゼレア北九州)は、アイディーユー(本社、大阪市)とノースナイン(後述)がガーデンホテル紫川(1984-2002)跡地に建設した超高層の分譲共同住宅。計画が頓挫したシエールタワー小倉の仕切り直し。アイディーユーは「不動産オークション」という面白い事業を手がける大阪の新興企業だ。
建設地は神嶽川が紫川に合流する部分の中洲になる。空き地のころは、遊休地ならいくらでもある北九州で、なぜこんな狭苦しい捨て地に建てるのかと訝った。しかし神嶽川の対岸は井筒屋本店、紫川の対岸は勝山公園と北九州市役所で、立地環境はこの上もなく素晴らしい。
建物は1階側面の小文字通り側にマンションの玄関があり、受付の横に広間、奥にエレベータ室がある。貸店舗を紫川東通り側ではなく、紫川側に配置したのは思い切った設計だ。なるほど紫川こそが「晴れ」の方向に違いないが、北九州はイメージ先行で商売が繁盛するほどに人が歩いていない。
2階より上はすべて分譲マンションで、住戸数は147戸。分譲価格は3630万円~8990万円。価格は北九州市内の高級タワーマンションとしては標準的ながら、地元業者の物件と比較すると質感がいまいちだったことや、大阪企業の出張物件で営業力を欠いたことから、完売御礼にはいたらなかった。
当初計画のシエールタワー小倉は2002年に地上33階建ての超高級分譲マンションとして発表された。分譲価格は4000万円~3億円と、東京都心並みの設定だった。施主はこの場所にあったガーデンホテル紫川の運営会社、シエールコーポレーション。経営が傾いた都市型ホテルを撤去して新築するマンションに社運をかけた。
シエールタワーはいわば購入者を長期滞在の宿泊客に見立ててサービスを提供しようという試みだった。北九州市はこの計画が気に入り、設計に助成金を出すことを決めたが、金融機関が実績のない同社に理解を示さなかった。融資を受けられなかったことからホテルを解体した段階で竹中工務店と紛糾し、計画はあえなく立ち消えた。
小倉タワーの施主の片割れノースナインは2004年設立の有限会社で、アイディーユーの持分法適用会社。社名は「北九」の意であり、シエールの末裔ではないか。銀行から振られて一旦は事業を断念したシエールが、アイディーユーの力を借りて再起を図ったと考えれば得心がゆく。仮に無関係だったにせよ、かれらの夢がなかったのだから、関係者は喜んでいよう。
シエールタワー小倉と小倉タワーを比較すると、延床面積は2万1087㎡から2万2723.57㎡へやや拡大し、戸数は105戸から147戸へ大幅に拡大した。階数は地上33階(124.785m)から28階(95.26m)に圧縮して、高さ100m以上の建築物を対象とした北九州市環境影響評価条例対象事業の規制から逃れた。条例にかかると数年がかりの煩雑な手続きがあり、手間と時間がかかりすぎる。
小倉タワーは北九州市の紫川マイタウン・マイリバー整備事業の一環として、環境や高齢者への配慮、公開空き地の整備などの計画を通して、優良建築物等整備事業の補助金を受けた。シエールタワー小倉の補助金を相続したのか、別件として補助金を受けたのかは知らない。
開発の方向性は小倉タワーとシエールタワー小倉でほとんど変わらない。外観は竹中工務店風の興のない生真面目さが抜けて、ジャーディのリバーウォーク北九州(2003)やグレイブスの西日本工業大学(2006)と揃いのコカコーラ風(ラスベガス風ポストモダン建築の意)になった。
基本設計のPTWは1889年に設立されたオーストラリアの大手設計会社。北京オリンピック関連施設など、海外でも話題の建築設計を手がけている。王立建築家協会賞、ベネツィアビエンナーレアトモスフィア賞など、世界各地で数数の受賞歴を誇る。設計監理はIAO竹田設計。内装の高橋留美子は同名の漫画家ではない。
建築計画は河畔環境との調和を主題とした。タワーは「素焼色の芯に白い花房が連なった姿」(PTW)であり、紫川の「川面に咲く花」(同)をイメージした。白いタイルは近寄って見ると爬虫類の鱗のようでちょっと気味悪いが、これは降雨により自ら洗浄するタイルという。まめに外壁洗浄しなくてもきれいな状態を保つ。
河畔は地盤が軟弱なのではないかと気がかりになるが、建設地はN値(地盤の硬さを表す値)50以上の堅固な岩盤を支持層とし、城内タワー(2005)と同じく杭は一本も打ち込まずベタ基礎とした。地盤に関しては申し分がない。ちなみに1900年の地図によれば、建設地は中州ではなく、紫川の川の中だ。
地盤がよいとはいえ、この三方の川に囲まれた建物の地下に住戸数と同数の2層式駐車場を確保したのはどうだろう。紫川マイタウン・マイリバー整備事業は百年に一度の大雨に備えた治水対策に主眼があるが、洪水が起きないという保証はない。駐車場は2階~4階あたりに挟んだほうが安心感があった。
構造は高強度RC工法。建物の強度・粘りを高めるために下層階の柱・梁に高強度コンクリートを使用し、通常のマンションの2倍以上の強度を確保した。大地震の発生時に建物の揺れを低減し、損傷を制御するために制震柱も採用した。姉歯設計士の耐震偽造事件が話題になっていた時期の施工だから、構造に関しては念入りだ。
立地柄とても目立つことから、市民が建設の経過を固唾を呑んで見守った建物だった。完成予想図の見栄えがよく、わたしも期待して見守ったが、実際の建物はIAO竹田設計が公団住宅風に仕上げてしまい、お世辞にも見目秀麗とは言えない。特に市街地側(東側、1枚目写真)の立面はいかにも裏側という印象で評判がよくない。
この場所から勝山公園を見やると、奥で城内タワーがきらきら輝いて見える。小倉タワーはこれと比較して冴えない。
2008年1月18日作成、2008年12月20日更新
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Kokura Tower (Condo.)