2008年01月18日更新
小倉タワー(開発名、アゼレア北九州)は、アイディーユー(本社、大阪市)とノースナイン(後述)がガーデンホテル紫川跡地に建設した超高層の分譲共同住宅。計画が頓挫したシエールタワー小倉の仕切り直し。アイディーユーは「不動産オークション」という面白い事業を手がける大阪の新興企業だ。
建設地は神嶽川が紫川に合流する部分の中洲になる。空き地のときは、遊休地ならいくらでもある北九州で、わざわざこんな危うく狭苦しい場所に建てなくてもと思ったものだ。しかし神嶽川の対岸は井筒屋本店、紫川の対岸は勝山公園と北九州市役所で、立地環境はこの上もなく素晴らしい。
建物は1階の階高が5.8mもあるのがいい感じだ。1階は紫川東通り側がマンションの玄関、紫川側が貸店舗。2階より上は分譲マンションで、分譲価格は3630万円~8990万円。この塔のような建物の地階に住戸数と同数の2層式駐車場を確保する。193台収容の駐輪場エレベーターは実物を見てみたい代物だ。
当初計画のシエールタワー小倉は2002年に地上33階建て超高級分譲マンションとして発表された。分譲価格は4000万円~3億円という東京都心並みの設定だった。施主はこの場所にあったガーデンホテル紫川の運営会社、シエールコーポレーション。経営が傾いた都市型ホテルを撤去して新築するマンションに社運をかけた。
シエールタワーはいわば購入者を長期滞在のホテル客に見立ててサービスを提供しようという試みだった。北九州市はこの計画が気に入り、設計に助成金を出すことを決めたが、金融機関が実績のない同社に理解を示さなかった。資金の裏づけがないことからホテルを解体した段階で施工業者の竹中工務店と紛糾し、計画はあえなく立ち消えた。
小倉タワーの施主の片割れノースナインは2004年の設立の有限会社で、アイディーユーの持分法適用会社。社名は「北九」の意であり、シエールの末裔ではないか。銀行から振られて一旦は事業を断念したシエールが、アイディーユーの力を借りて再起を図ったと考えれば得心がゆく。仮に無関係だったにせよ、かれらの夢がなかったのだから、関係者は喜んでいよう。
シエールタワー小倉と小倉タワーを比較すると、延床面積は2万1087㎡から2万2723.57㎡へやや拡大し、戸数は105戸から147戸へ大幅に拡大した。階数は地上33階(124.785m)から28階(95.26m)に圧縮して、高さ100m以上の建築物を対象とした北九州市環境影響評価条例対象事業の規制から逃れた。条例にかかると煩雑な手続きがあり、手間と時間がかかりすぎる。
小倉タワーの開発の方向性はシエールタワー小倉とほとんど変わらない。しかし外観はいかにも竹中工務店風だったシエールタワー小倉よりずいぶん垢抜けて、ジャーディのリバーウォーク北九州(2003)やグレイブスの西日本工業大学(2006)のようなコカコーラ風(アメリカ原産の色鮮やかな消費建築の意)になった。
基本設計はオーストラリアのPTW。かの国では最大手の設計会社として知られる。国外では北京オリンピック関連施設などの話題の建築設計を手がけ、王立建築家協会賞、ベネツィアビエンナーレアトモスフィア賞などの多数の受賞歴を誇る。設計監理はIAO竹田設計。内装の高橋留美子は同名の漫画家ではない。
建築計画は河畔環境との共生を主題とした。外観は「素焼色の芯に白い花びらをまとった有機体が川面の上で咲き誇る」(PTW)。河畔は地盤が軟弱という思い込みがあるが、ここらは砂岩・礫岩だから城内タワー(2005)と同じく杭は一本も打ち込まずベタ基礎とした。構造は部分PC部材を使用した場所打ちRC造。工期を短縮しつつ強度も考えた工法だ。
立地柄とても目立つことから、市民が建設の経過を固唾を呑んで見守った建物だった。完成予想図の見映えがよく、わたしも期待して見守ったが、実際の建物は公団住宅が縦に伸びた風でしかなく、都心部にあって浮いた印象を受ける。この場所から勝山公園を眺めると、奥で城内タワーがきらきら輝いて見える。小倉タワーはこれと比較して冴えない。
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Kokura Tower (Condo.)