2008年10月26日更新
ルートイン北九州若松駅東の正面
若松の目抜き通り、中川通りとルートイン
ルートイン北九州若松駅東(旧名、ルートイン北九州若松)は、ルートインが若松井筒屋跡地に出店したビジネスホテル。若松唯一のホテルだった若松パークホテル(旧若松西鉄ホテル)が廃業して、入れ替わりで若松唯一のホテルになった。出店形態はよくある建借方式ではなく、行政誘地型出店というやや特殊な形態になる。
ルートインの出店形態は四つある。地主にルートイン指定のホテルを新築させて、30年契約で一括賃借する「建借方式」。ルートインが地主から土地を30年契約で賃借して、自社でホテルを新築する「土地賃貸方式」。ルートインが土地を購入して、自社でホテルを新築する「土地購入方式」。最後が行政誘地型出店。
行政誘致型出店はルートインが公共団体の一般公募などに応募する形態だ。若松井筒屋跡地は北九州市が本町桜町線拡幅の代替地として取得したが、土地を持て余して2005年4月に事業者を公募した。応募したのはルートインだけだった。1週間の受付期間のあいだに提案書を出せるのは、出店攻勢中の全国チェーンくらいのものだ。
北九州市の条件は「中心市街地の活性化につながるホテル」または「ホテルとホテル関連施設もしくは商業施設か福祉施設」。ルートインはこの条件を別段意識しなかったようで、30年契約の土地賃貸方式と見做して、同社標準型ホテルの事業計画を提案した。もっとも、若松のホテルは大げさな玄関ポーチや車寄せがあり、条件への歩み寄りが見られる。
ルートインは北九州市から20年契約で土地を賃借し、自社でホテルを新築した。この「20年」という期間が疑問だったが、借地借家法第24条「事業用借地権」に基づくという。契約期間終了時には契約更新ができず、建物を取り壊し、更地にて所有者に返還しなければならない。
若松は企業進出が盛んな響灘臨海工業団地への玄関口であり、建設従事者や長期出張者の宿泊需要が見込める。若松の街づくりに熱心だったシャボン玉石けんの故・森田光徳社長は、若松にも本格的なホテルがほしいと常日頃から語っていた。ルートインは社交場になるようなホテルではないが、ともあれ夢がかなって喜んだろうか。
2007年6月24日作成、2008年9月11日更新
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Hotel Route Inn Kitakyûsyû Wakamatu-eki Higasi (Business Hotel)