2008年10月25日更新
浅生1号公園と戸畑C街区
格子にゴミ袋が挟まった戸畑区役所と分譲住宅のブロッサム・ベルジュ戸畑
北九州市住宅供給公社の賃貸住宅 ルワージュ戸畑
ふれあいの里とばた中庭 正面の低層棟は千防保育園、右はふれあいの丘
別事業の高齢者複合施設 ふれあいの里とばた(中庭側)
戸畑区役所屋上の「ふれあいの丘」
戸畑C街区は、戸畑市民会館跡地の市街地再生事業による複合施設。戸畑区役所、北九州市立千防保育所、北九州市立戸畑障害者地域活動センター、高齢者向け市営住宅「ふれあいむら戸畑」、北九州市住宅供給公社の賃貸住宅「ルワージュ戸畑」、新日本ホームズの分譲住宅「ブロッサム・ベルジュ戸畑」、100台収容の公共駐車場からなる。
高齢者複合施設「ふれあいの里とばた」は別途公募した事業だが、ほぼ同時期に竣工して戸畑C街区に組み込まれる。
戸畑区の都市基盤は1950~60年代にほぼ完成した。1956年に新日鐵が第二次合理化計画を決定し、1958年に戸畑製造所を発足させて生産の主力を八幡から戸畑へ移したことが背景にある。しかしこの時期の都市基盤は高度成長期の粗製濫造であり、40年が経過していっせいに更新の時期を迎えた。
1997年に老朽化した都市基盤の再生を図るため、地元のまちづくり団体の意見や提案を聞いて「戸畑まちづくり構想」をまとめた。旧戸畑市の都心部を2013年度までに「多様な顔を持つやすらぎと豊かさのある住宅都市」につくりかえるのが目標で、「構想」という言葉とは裏腹に具体的な事業が目白押しの計画だ。
これまでに戸畑駅(1999)、戸畑サティ(1999)、ウェルとばた(2002)などが完成、戸畑駅前に「交流・にぎわい 醸成のまち」を出現させる再開発は完工した。次の一手が戸畑区役所周辺地区で、「福祉・文化 ふれあいの戸畑核」を出現させる。戸畑C街区がその第一弾だ。
戸畑C街区整備事業は大型公共事業の不透明性に対する批判をかわすため、2003年に事業実施方針と計画方針を策定、2004年に事業者を一般公募した。これに応じたのは二つの企業集団。すなわち、新日本製鐵と竹中工務店。同年の審査の結果、後者が事業者として選ばれた。
開発の主題に関しては設計者の隈研吾が分かりやすい言葉で述べているから、最初にそれを引用しよう。
「戸畑まちづくり構想」の重点エリアである「戸畑区役所周辺地区(C街区)」のデザインコンペにのぞむに際し、私がイメージしたテーマは「都心に新しい丘を創る」ことでした。
環境世紀のシンボルとして、なにより建築と周辺環境の調和を図りたかったのです。街全体を見渡せる、風が爽やかに吹き抜ける、気持ちの良い場所=丘。さらに、地域に点在する緑をつなぐネットワーク拠点とし、この丘の緑を核とした豊かな緑に囲まれた戸畑区の環境を全国へ発信したいと考えました。また、人と自然の多様なふれあい、多様な世代の交流への配慮も十分に行ったつもりです。
これに対する戸畑C街区整備事業者選定審査委員会の審査講評も引用しよう。
戸畑C街区整備事業全体に「とばた ふれあいの丘」という魅力的なテーマを与え、それを具体的構造物のデザインへ上手く反映させており、多岐にわたる機能や建物を単に寄せ集めただけでなく、地形を活かしながら、一体的空間を形成するように相互に結び付けている点を高く評価した。
また、建物ではなく、丘が区役所であるとした発想が斬新であり、世界の環境首都を目指す北九州市のシンボルとして、全国・世界への発信性を備えていると思われる。戸畑祇園大山笠と広場についてもよく関係付けられており高く評価できる。
戸畑C街区は斬新さが奇を衒うことなく実用的にも理にかなう。有名な建築家の作がどれほどのものかと冷やかすつもりで見学したが、非の打ち所のない建築計画に舌を巻いた。
戸畑区役所の前面にあしらった階段は、国重要無形民俗文化財の戸畑祇園大山笠の開催時に観客席として供す。年に一度の祭りのために区役所職員が年中薄暗い地下のような環境に押し込まれるのか。図案を見たときはそう嫌気したが、この部分は羽板(ルーバー)で、採光にはさほど支障がなく、西日を軽減する効果がありそうだ。
全体の配置は西の階段から東の千防保育園にかけてが低層で、南北の隅に高層住宅を配す。団地配置はすべての住戸の日照を確保するためで、同時に風の道をつくることでビル風の発生を防ぎ、風が迷うことなく一方向に抜けるように設計されている。丘は風を空へ舞い上げる。こういう風は気持ちがよい。
イタリア・トスカーナ地方の山岳都市に着想を得たこの街区は、階段仕上げの前面を除けば、丘裾に建物を砦のようにめぐらせ、外部との明確な境を築いたのも特徴だ。「街全体を見渡せる、風が爽やかに吹き抜ける、気持ちの良い場所」は、自然の丘ではなく、防備された砦の上にいる感覚に近い。
街区のランドマークは戸畑でもっとも背の高い分譲マンション、ブロッサム・ベルジュ戸畑。隈研吾はこれを山岳都市の丘の上に立つ塔に例えた。「人々はその塔を常に見上げ、旅人はその塔を目指して歩いてくるのです」と。
一つ気になったのは質感だ。戸畑C街区は最近の低予算の再開発の例に漏れず、建物の質感がよくない。
高層住宅は外壁に縦格子がまといつく。分譲は茶系統の二色、賃貸は緑系統の二色に色分けするなど凝っているため目を奪われるが、格子はアルミだろうから結構な安物だし、外壁はモルタルのベタ塗りだろう。低予算をものともせず上質さを醸した手腕には感服するが、実際の質感は市営団地と大差ない。
戸畑C街区は関門都市圏でここ数年内に竣工した物件ではもっとも上出来なものの一つだろう。関係者の仕事に敬意を示しつつ、釈然としない気持ちが残った。建築計画としてはよい。都市計画としてはどうなのか。
「都心に新しい丘を創る」という主題は、東京のように右も左もビルが壁のように連なり、自然から隔絶された立地では魅力的だろう。北九州は丘陵地に開けた都市だから、そこかしこに自然の丘がある。人工地盤を用いて丘をつくりたいと思うほどの自然への渇望がない。
加えて北九州は政令市の中で人口一人あたりの市街地面積がもっとも広い。われわれは都市に密度を欲している。スカスカな都市空間を解消したいと願っている。この観点から言えば、戸畑C街区は逆を行ったのではないか。
戸畑の街は南北軸の旧電車通りと東西軸の浅生通りを中心に形成される。浅生通りに関して言えば、戸畑駅とJR鹿児島線が西の境界線を引き、そこから東へ進むと、道路は浅生1号公園で右へ逸れて、正面は旧戸畑市民会館が壁のように空間を塞いだ。目抜き通りの奥を視覚的に塞ぐことで、街の範囲が潜在的に意識されていた。
戸畑C街区は旧戸畑市民会館のように戸畑の街の東の砦としては機能していない。「風が爽やかに吹き抜ける、気持ちの良い場所」は、風が吹き抜けるだけでなく、人人の意識も吹き抜ける。壁を失ったことで街の範囲が曖昧になった。わたしは高密度の都市空間を保ち、賑わいを創出するためには、この場所に壁が必要だったと思う。
事業者を一般公募する場合、開発の主題や方向性までを丸投げするのはよくない。建築家は世界を股にかけて活動し、世界基準の提案を行う。地域はそれとは相反する地域性を高めなければ世界に埋没してしまう。
戸畑C街区には建築家と地域が相克した痕跡がない。隈研吾の上出来な提案を地域が無邪気に受け入れただけだ。審査委員会は「全国・世界への発信性を備えている」と講評したが、主部は「世界の環境首都を目指す北九州市のシンボルとして」ではなく、「隈研吾の作品として」になろう。
2007年8月8日作成
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