2009年6月23日更新
玄関前ロータリー 動画で見る(10秒)
前庭 進入路の両側に薄く水を張る 夏場は子供の水遊び場か
無料の足湯 新北九州空港旅客ターミナルにあるのと同規模
店内 一つ一つの店舗が大きいため、共用部分は広くない
ボウリング場よりも広いコロナの湯 入口
がっかり賞のフードテラス(セルフサービス式の食堂)
店内から前庭を望む
裏の全景 駐車場は土地が波打ったままの造成 右奥はラウンドワン小倉店
国道199号側の全景
小倉コロナワールドは、コロナ(本社、愛知県小牧市)が浜小倉駅跡地に出店した郊外型の複合娯楽施設。コロナワールドは「20種に及ぶ業態を地域に即して複合化し、あらゆる世代の人々が一日を憩える巨大な娯楽施設」。この類いの施設としては関門都市圏でもっとも規模が大きい。初年度は売上目標が150億円、年間動員目標が240万人という。
施設内の店舗はすべてコロナが直営する。内訳は、
前庭に無料の足湯がある。身近な娯楽を一堂に集めたテーマパークという発想はおもしろい。
コロナワールドは競合店を箸にもかけない脅威の存在だ。複合映画館なら近場の小倉に10幕+8幕、戸畑に8幕の計26幕もある。公衆浴場なら車で数分の位置に「日明の湯」がある。ボーリング場は道路向かいにラウンドワンがあり、ゲームならラウンドワンに加え、ナムコランドもある。パチンコ屋ならラスベカスが見える位置にある。それを承知の上で、コロナはこの場所に出店し、決して撤退しない決意で臨むという。
コロナワールドは「個人主義の集団」をターゲットにしている。集団は家族であったり、恋人であったり、友人であったりする。行き帰りは一緒に行動するが、目的地ではそれぞれ好き勝手に楽しむ。そういう客層だ。父親がパチスロに興じているあいだ、母親は子供をゲームセンターに置いて自分はサウナへ行く。良識人が聞けば卒倒しそうなことがごく普通に実現できる場所、それがコロナワールドだ。
コロナは愛知県江南市の芝居小屋を前身とし、映画館、遊技場(パチンコ屋)へと業態を広げ、1967年に会社組織になった。1980年に映画館とパチンコ屋を融合した初の施設「小牧コロナ会館」を開業させ、異業態の複合化を模索したが、郊外で複合娯楽施設を成功させるにはまだ時が熟していなかった。
1989年に「気軽に下駄履きで来店できる店」をコンセプトとした「豊川コロナタウン」(当時)を出店した。タウンという名称から察せるように、豊川や小牧などの黎明期の施設は共同店舗型ではなく、映画館とパチンコ屋の共同店舗を中心として、敷地内あるいは隣接地に各種店舗を集めた小規模な商業団地だった。
タウン(商業団地)からワールド(共同店舗)への移行は、1995年開業の中川コロナワールドからとみられる。1996年に車社会で有名な群馬県大田市に進出し、これを皮切りに北関東、北陸、東北などで本格的な郊外型施設を手がけた。西日本とは疎遠だったが、2008年2月に福山、同4月に北九州に出店した。
小倉コロナワールドは西日本総合展示場(1977)を2階建てにした広さといえば分かりやすかろう。ただし、一つ一つの店舗が大きいため、表玄関から入って左右を見渡しても奥行きは感ぜられない。ショッピングセンターのモールに相当する部分は存在しない。施設構成はアソボックス(2007)と非常によく似ている。違いは規模。一床(ワンフロア)でアソボックス全体よりも広い。
この類いの施設は全般に質感がよくないが、コロナワールドも例外ではない。敷地に余裕があるため駐車場は平置きのみで1800台を確保したが、平坦地にもかかわらず土地が波打った雑な仕上げだった。建物はハリボテで新築のいまはよいが、交通量過多な国道199号沿いに立地するため、白い外壁は半年もすれば相当に汚れそうだ。
都市高速2号の降下煤塵は海風に吹かれてこの建物に降りかかる。コロナの湯の露天風呂は車寄せ横の仕切り壁に囲まれた中庭にあるが、粉塵や騒音を考えれば裏手にあったほうがよかった。そもそもなぜ建物をこんなに道路にくっつけて建てたのだろう。建物を奥に後退させれば見える位置の駐車場がスカスカになるからか。将来、建物を増築するのか。土地を切り売りするのか。現状の敷地利用は理解しがたい。
表玄関まわりの処理は華やかだ。郊外の鉄道駅前よりも立派なロータリーを掘り込み、タクシーの待機場やバスの駐車場も用意する。前庭に立つ小倉祇園太鼓の塔からは定時になれば迫力ある太鼓の音が出る。その下には無料の足湯があり、気軽に癒されるのもうれしい。玄関前は進入路の両側に薄く水を張った池を配す。前庭の演出力はなかなかのものだ。
店内は一つ一つの店舗が大きいため単純な構成を取る。玄関を入って左の階段を上った位置に映画館、その下にパチンコ屋とその他小店舗。右の階段を上った位置にボウリング場、その下に大衆浴場。四つの核店舗は吹き抜け通路を挟んで相対し、側面はゲームセンターで埋める。延床2万㎡もありながら、表玄関から見渡せば、ほぼ全部の店舗が見えてしまう。
わたしは映画館、ボーリング場、ゲームセンター、食堂を見学した。それぞれの店舗のゆったり感はよいが、それぞれの専門店と比較すれば物足りない。コロナは商品で例えればイオンのトップバリュのようなものだ。自主企画商品は人気商品を模したもの。たとえば映画館。中身は同じだと言われても、ワーナーが好きというこだわりのある人は、コロナでは満足できまい。
がっかりだったのはセルフサービス式の食堂。食い物屋は競争がきわめて厳しい業種だ。フードテラスは雰囲気、店構え、品揃え、値段のどれを取っても魅力を欠いた。まるで中学校か高校の食堂のようだ。物ぐさはここで済ませようが、外からここに食事に来る方はいまい。実際、店内は食事時にもかかわらずがらがらだった。食堂はその方面のプロに任せたほうがよいのではないか。
西港といえば関門港(北九州港)小倉地区の物流基地だ。最近は街なかの沿道へ進出を企てれば地域住民が反対運動を繰り広げそうな娯楽施設、レジャー施設、小売店が一堂に集まり、不夜城を形成しつつある。北九州最大の沿道型ホテル、亀の井ホテルの建設計画もある。
北九州は都市が希薄化する傾向にあり、商圏の変化に敏感な大型店舗は近年中心市街地への回帰を強めている。大型店舗が過疎の山村並みの人口減少に悩む八幡東区や、無人地帯の西港あたりに相次いで進出するのは怪訝なことではない。北九州はもはや東西に分割して商圏を設定するだけの商圏規模を持っていない。
東西から集客するには都市中心部に店を構える必要がある。さいわい北九州は市街地の中央部ががら空きだから、郊外型の各種大型施設を受け入れる余地が十分にある。商圏縮小が都市の求心力を高めるのは皮肉だが、この新しい動きは北九州再生に与する力になろう。
わたしは国道199号のわずか1キロほどの沿道に多数の娯楽店が集まれば、相乗効果が生じるのではないかと考えている。コロナワールドの出店で西港は「車社会の娯楽街」と呼ぶにふわさしい集積を備えた。人の多く集まる場所は賑わいが生じ、賑わいはそれ自身が強力な集客力を発揮する。夜間は群れたがる若者が街灯に群がる蛾のように引き寄せられよう。
繁忙帯となる夜間は自動車の時間あたりの移動距離が飛躍的に伸びる。夜間に限れば、商圏設定で用いる自動車30分圏は北九州全域に広がる。西港の娯楽業者がたがいに潰し合いをやるのではなく、相乗効果を発揮して娯楽街としてのブランドを確立し、郊外に散在する近隣型の娯楽・レジャー施設を窮地に追い込めば小気味よい。
北九州市は都市高速環状線に沿って小倉―戸畑―東田の拠点機能強化を進めている。環状都市軸は「閉じた環」であり、都市の発散と解体を防止するための最後の切り札だ。わたしはいま西港と東田で起きている商業機能の市街地回帰を、非常に興味深く眺めている。
2007年6月18日作成、2008年7月28日更新
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Kokura Korona World (Amusement Complex)