2008年10月26日更新
建設予定地(小倉駅前郵便局と三菱UFJ信託銀行のある2街区に建設)
小倉駅南口東地区市街地再開発準備組合
小倉駅南口東地区は、小倉駅南口広場の東側に面した2街区の市街地再開発事業。施工区域6000㎡に地上15階地下1階の業務ビルを1棟建設する。建物は地下1階が駐車場、地上1~2階が貸店舗や公益施設、3階から上が貸事務所。小倉駅(1998)やセントシティ北九州(1993)とは空中回廊で結ばれる。
事業主体は現地の地権者となる12の法人と個人。保留床は、国内不動産1社と外資系証券2社でつくる特定目的会社が取得するそうだが、現時点では具体的な社名は公表されていない。2007年度中に都市計画を決定し、2008年度に着工、2010年の竣工を目指す。
延床面積3万9000㎡は民間の業務ビルとしては北九州市内で最大級になる。ちなみに2007年時点で大きな業務ビルといえば、毎日西部会館(1965)の3万5929.08㎡、北九州市役所第一庁舎(1972)の4万3576㎡、KMMビル(1979)の2万5241㎡など。3棟とも北九州市が西日本最大の都市だったころに竣工した建物であり、首位陥落後に大型の業務ビルは建っていない。
この地区の再開発事業は1990年に小倉駅南口と浅香通りを結ぶ市道博労町線の拡幅が都市計画の決定を受けたことにより起こる。1999年に北九州中央郵便局が移転し、2000年に再開発準備組合が設立された。市道博労町線は現在、幅員25mへの拡幅工事の最終段階にあり、沿道では中小の新築ビルが相次いで建設されている。
当初はウェルとばた(2002)のような福祉系の公益施設が入居する業務ビルという話だったはずだ。その後、平成不況が二番底をつける過程で話を聞かなくなった。都心部では小倉そごうの閉店(2000)、小倉玉屋の廃業(2002)、旦過第一地区の白紙撤回(2004)などがあり、新規事業を推進するには逆風が強かった。
噂話がわたしの耳に入るようになったのは2006年に入ってからだ。折りしも不動産投信が高利回りを求めて北九州市内の物件を物色し始めていた。連中はまず東名阪の地価を吊り上げ、西日本では次いで福岡の土地を投機で買い漁り、ついには山口のビジネスホテルを物色するまでに手を広げていた。
北九州は投資家には人気のない都市だ。日本の都市は首都を頂点に、名阪→地方中枢都市→県都→その他大勢と続く身分制度を持つ。北九州はピラミッドの底辺だから、きっぱり言って、山口や佐賀よりも人気がない。実際、北九州の場合は物色されたというよりは、地元勢が不動産流動化事業を始めて、図らずも目に留まったという感じだった。
しかし割安放置は投資妙味がある。先日、小倉興産を買収したアパマンが小倉興産の本丸である小倉北口のKMMビル群を売り抜けたが、想定純利益利回りは6.5%という。地価が高くなりすぎた東京の物件よりはおいしい。小倉駅南口東地区は、不動産投信が再開発準備組合の保留床に食いついた結果としてゴーサインが出た。
再開発では小倉駅前郵便局と三菱UFJ信託銀行のあいだを通る区画道路、すなわち市道京町16号線を廃止して二つの街区をまとめることが前提になる。小倉は町割りが小さすぎる。区画道路を廃止して土地を大型化することは、現実のチマチマした町並みに絶望している多くの市民にとって朗報だろう。
ところが、これに反対の声を上げたのが地元の米町校区自治連合会だ。市道京町16号線の廃止区間東側の地権者が働きかけたことは疑いを入れない。駅前の入口を塞がれては商売が成り立たなくなるという危機感は理解できる。この地区は以前にも区画道路の廃止で被害を蒙ったから、前車の轍を踏みたくなかったろう。
セントシティ北九州の建設の際、南口の四つの街区がまとめられ、東西と南北の区画道路が廃止された。うち、東西の区画道路、すなわち門司往還は、かつて魚町商店街と相対する商店街だった。セントシティ北九州の立地により、門司往還は魚町から切り離されて場末になった。代用として供された店舗内通路は代用にならなかった。
この苦い経験から、地元自治会は小倉駅南口東地区の再開発ビル1階中央に幅5m×長さ60mのトンネルを通すことを主張した。トンネルは24時間通行できる歩行者専用道路(公道)であり、セントシティ北九州のような店舗内通路ではない。
地元説明会では再開発ビルの立地により歩行者動線が遠回りになるという意見があったそうだ。再開発ビルがメイト黒崎よろしく幅236mもあるのなら近道がほしいという意見は説得力がある。市道京町16号線から市道博労町線までは距離にして25m。歩いて10秒もかからない。
再開発では市道博労町線が拡幅されて街区の幅が減少する。十数秒の時短のために幅5m×長さ60mのトンネルを要求するなんて正気の沙汰ではない。そもそも駅前に市道京町16号線の入口を確保してどうなるのか。トンネルを抜けてもその先は約100mしかない。沿道は門司往還のように商店街でもなく、まったくの裏通りではないか。
小倉商人には200万都市圏の都心を与るという自覚がない。おのおの権利の侵害には敏感だが、市民に愛される都心づくりという発想は頭の片隅にもない。挙句、大きなリスクを取って事業をする人たちに呪いをかけ、理不尽な要求を突きつける。小倉の不良街区の再開発がいつも頓挫する所以だ。
いったいだれのための街なのか。市民のだれが駅前に洞窟を欲したのか。小倉がかくも魅力がないのは、小倉商人に想像力が足りないからだろう。小倉が200万都市圏の都心というのなら、街は第一に来街者のものだ。市民は薄汚く忌まわしい駅前に立派なビルが建つことを望んでいる。
「駅前にでかいのをぶっ建てられては迷惑千万、だからビルに大穴をぶち抜いてやるぜ」と来街者に喋喋するとよい。それで市民の支持と理解が得られると思っているのか。地元自治会は身内の意見を押し通す前に、自分たちが市民にどう見られているかを知ったほうがよかろう。
2007年10月24日作成
©2008 ガゾーン 転載自由。著作権は関門通信またはその情報提供者に属します。
Kokura South Quarter East Block Renewal Project