2010年7月17日更新
イオン八幡東屋上駐車場から見た東田第一高炉 2010年7月
建設中の北九州イノベーションギャラリーと東田第一高炉 2006年12月
東田第一高炉史跡広場 2004年8月
東田第一高炉は、明治政府の「富国強兵」「殖産興業」の政策のもと、官営製鐵所がドイツから技師を招き、4年の歳月をかけて建造した高炉(溶鉱炉)。高さ30m、内容量494m3、日産能力160トン。建造当時は東洋一の規模を誇った。
高炉は1901年2月の火入れ以来、何度も改修を重ねながら継続利用され、1962年に高圧高炉へ進化した。この第10次改修高炉が現存する高炉。「公称能力900トンを誇る日本最初の高圧高炉として建設され、1962年8月の火入れから1972年1月の吹き卸しまで操業した」(北九州市)。現在、八幡製鐵所は戸畑地区に高炉が1基あるのみで、八幡地区からは高炉の火が消えて久しい。
廃止された東田第一高炉は四半世紀にわたって静態保存されたが、老朽化により崩壊の危険が高まり、八幡製鐵所跡地の再開発(八幡東田総合開発)に託けて撤去することが決まった。しかし工業都市・北九州の原点であり、撤去はアイデンティティの喪失に繋がる重大事。市民が保存運動を繰り広げた結果、北九州市が買い取って史跡指定し、東田第一高炉史跡広場として整備した。
現状維持も外観保存もできないものを無理やり保存したため複製品の印象だが、全部が新品に成り果てたわけではなく、わが国を代表する産業記念碑であることに違いはない。「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして、世界遺産の暫定リストにも名を連ねる。
2006年5月7日作成、2010年7月17日更新
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Higasida Blast Furnace no.1