2010年2月25日作成
山国橋 中津側の橋台
山国橋 上流側
山国橋の中津側橋脚 左半分が1904年の原形、右半分は1934年の拡幅
後にさらに追加された山国川歩道橋
山国橋を通る旧国道10号 右側が山国川歩道橋
山国橋の中津口にある休憩所
城下町中津と山国橋の位置(現在地は看板の右下)
山国橋は、福岡県と大分県の県境をなす山国川の河口付近に架る県道108号中津吉富線の桁橋。県道108号は両県の共通番号で、1996年以前は国道10号だった。地元では山国橋を「国道橋」と呼び慣わす。中津街道の終点にあたり、城下町中津の表玄関となる橋だ。
初代の山国橋は1904年、福岡・大分両県が架橋工事費8万円を投じて建造した。上路式の木造連続ハウトラス橋で、幅4.5mの国道35号(当時)が通った。1934年に2車線の上部構造を乗せられるように煉瓦造の橋脚が拡幅され、現在の鉄筋コンクリート橋に架け替えられた。総工事費は11万7125円。戦後(1974年?)、下流側に歩道橋が追加されて現在に至る。
山国川では1960年に山国大橋が開通、1996年に新山国大橋が開通して、山国橋は三世代前の橋になった。しかし、中津の中心市街地とその後背地である吉富町を最短距離で結ぶ橋であり、国道10号が新山国大橋へ移った後も生活道路としての重要性は揺ぎない。
土木としての見所は橋脚。煉瓦の色が左右で違うため築年が違うと知れるが、原形の魅力を損なわない拡幅には好感が持てる。煉瓦剥き出しでは橋脚が水流で磨耗するため、上流側に水切りの三角形を取りつけ、角に御影石を張りつけた。水切りが不要な下流側も角に同じように御影石をあしらう。こちらは純粋な装飾だろう。
この橋脚は吉富側と中津側で形が異なり、吉冨側の6基は底に御影石で組んだ円形アーチの穴が二つ開いている。「県境であるため12基の橋脚の中央を境に福岡県側に二穴デザインを施した」と解説にあるが、肝心な橋脚に穴を開けた理由に言及がない。そもそも、穴は木造橋の時代からあったではないか。二穴は平時は水面下に沈んでおり、干潮時でなければ見られない。
現況の山国橋は朽ちるに任せて残念な保存状態だ。橋台の煉瓦はひび割れ、水切りの上に乗せた丸い御影石が欠損した橋脚もある。橋の袂は無造作に電柱などが設置されて見苦しい。磨けば輝く原石に違いないが、こんな有様ではだれも振り向かない。県境でなければもっと管理が行き届いたろう。県境にあって縦割り行政の弊害があったからこそ、生き残れた橋とも言える。
2010年2月25日作成
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Yamakuni Bridge