ガゾーン関門北九州圏

2008年03月22日更新

北九州市旧大阪商船

設計・施工
河合幾次(設計)
竣工・規模等
1917年竣工、木造、地上2階
場所
北九州市門司区港町7-18
画像 画像

経緯

北九州市旧大阪商船は、かつて大阪商船が大陸航路の拠点として開設した事務所。大阪商船門司支店。大阪商船は1964年に三井船舶と合併して大阪商船三井船舶となり、門司支店は1991年までこの建物にあった。建物の銘板には「大阪商船三井船舶株式会社門司支店」と刻まれる。

同社は建物が老朽化した門司支店を処分して、隣接地に新しい事務所を建築する計画を温めていた。しかし竣工当時、地元紙が「門司港の美貌」とたたえた優美な大正建物の解体話は、折りしも門司港レトロ事業に着手したばかりの北九州市が聞き捨てにしなかった。

北九州市はこの門司支店を買収し、門司港駅(重文)、旧門司三井倶楽部(重文)に次ぐ門司港レトロの目玉にすべく修復した。1999年には登録有形文化財の指定を受けた。重文ではないため国の予算が使えず外観保存となったが、その経緯については以下の記事が詳しい。

大阪商船ビルの修復保存の設計にあたった建築事務所は完全な形で復元しようと古い写真などをもとにして、建築当時はあったものの、その後の改造でなくなった十個の欧風のドーマー(屋根窓)、パラペット(屋根の裾の帯状の飾り)、ペディメント(外壁のアーチ型の装飾)の復元も含めた図面を描いたところ、工事費が9億円にもなったことから、予算はほぼ半分の4億8000万円しかないという市と折り合いがつかなかった。

事務所では使用する資材や構造などを工夫して、予算に見合う図面につくり直したが、できた当時の華やかさを想像してもらうためにも外観だけは元通りにしたいと繰り返し主張して、屋根窓とパラペット、ペディメントは復活させて、3600万円の予算を増額してもらい、「門司港の美貌」は6年8月によみがえった。(亀地 宏)

建造物

北九州市旧大阪商船は外観保存であり、内部は別物と考えて差し障りない。戦前は1階が大陸航路の待合室や門司税関の派出所、2階が大阪商船門司支店で、建物の北面が岸壁に面し、専用桟橋があった。現在は門司港レトロの海事・イベントホールとして再利用する。1階が多目的に使用できる「海峡ロマンホール」、2階が「わたせせいぞうと海のギャラリー」。

設計者は大阪建築士の草分け的存在だった河合幾次。旧大阪商船は辰野式の古典様式を分離派風(当時のアバンギャルド)に仕立てた作品として知られる。外壁は道路に面した二面が煉瓦型枠のコンクリート、背面は木造モルタル塗り。燈台の代わりにしたという高さ27mの八角塔は門司港を象徴する景観だった。

表裏で外観処理が異なるのは意匠を凝らしたからではない。この界隈はかつて中心業務地区であり、建物が密集して裏側は窺えなかった。門司港レトロ事業で不要の烙印を押された冴えないレトロが根こそぎ撤去され、隙間だらけになった結果、手抜きした裏側までが白日の下にさらされた。もちろん、いまは化粧直しされて裏も魅力的に仕上がっている。

門司港レトロは「大正レトロテーマパーク」と揶揄される。密集地にあるべき建物の周囲をなぎ払い、山間の山荘を駅前に移築し、似非懐古で彩りを加えた。主役は名脇役がいて輝きを増すが、行政にはそれが理解できない。街が長い歳月をかけて刻んだ生活の記憶や興亡の経過は退場を命ぜられた。

好意的に解釈すれば、門司港レトロは大正から平成までの歳月を消去し、時間軸をもういちど大正に振り戻す試みだった。レトロを新築する素地をつくるためには、大正の本物と平成の似非懐古を共に新築の立場にして、新たに歳月を刻み直す必要があったということだろう。

参照記事(他サイト)
旧大阪商船 - 建築写真集NO
旧大阪商船 - 文化遺産オンライン
旧大阪商船 - ふるさとの歴史再発見
門司港駅保存会 - 自治大同窓会73期
関連項目(ガゾーン内)
JR門司港駅 - 旧「門司駅」。鉄道駅としては唯一の国重要文化財
旧門司三井倶楽部 - 門司港駅前へ移築したペンション。国重要文化財
門司区役所 - 戦前の庁舎。港町らしい垢抜けた庁舎。国登録文化財
ホームリンガ商会 - 港湾業務代理店。外国会社の洋風建築
門司港ホテル - 門司の鮫。アルド・ロッシの遺作。門司港を代表するホテル

ご存知の情報をお寄せください。

©2008 GaZONE Kanmon-Kitakyûsyû. Morrie & Co. All rights reserved.

Former Ôsaka Marine Mozi Branch