2007年03月21日更新
ニッカウヰスキー門司工場の倉庫群
日本製粉門司工場は1911年に鈴木商店大里製粉所として操業開始した。鈴木商店は神戸で興った個人商店で、名番頭・金子直吉の超多角経営によって急激な規模拡大を遂げ、世界恐慌前に(合名会社のまま)財閥系の三井・三菱を圧倒して日本最大の商社にのし上がった。この会社の興亡に関しては杉田望氏の金子直吉―鼠と呼ばれた名番頭をご覧ください。
大里の工場は1919年に日本製粉大里工場(後に門司工場)となり、戦前戦後を生き抜いて、1995年に寿命尽きて閉鎖された。
敷地内にあった白塗り6階建ての工場は1915年の火災後に建設。煉瓦構造物としては規模が大きく、産業遺産としての価値が高かったが、2004年にためらいなく撤去された。
現存するのは倉庫群。切妻屋根の大倉庫4棟、小倉庫4棟がつらなる。この倉庫群は撤去を免れて、ニッカ門司工場へ譲渡された。ニッカは倉庫を大切に使用しているようで、夜間はライトアップされた姿が国道199号の通りしな眺められる。
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Former Nippon Seihun Mozi Factory