2008年10月5日更新
ニッカウヰスキー門司工場へ譲渡された倉庫群
日本製粉門司工場は、かつて大里海岸に立地した製粉工場。1911年に鈴木商店大里製粉所として操業開始、1919年に日本製粉大里工場(後に門司工場)となり、戦前戦後を生き抜いて、1995年に寿命尽きて閉鎖された。
鈴木商店は神戸で興った個人商店で、名番頭・金子直吉の超多角経営によって爆発的な規模拡大を遂げ、世界恐慌前に(合名会社のまま)財閥系の三井・三菱を圧倒して日本最大の商社にのし上がった。この会社の興亡に関しては杉田望氏の金子直吉―鼠と呼ばれた名番頭をご覧ください。
敷地内には一見すると事務所と見紛うような外観をした工場があった。この白塗り6階建ての工場は1915年の火災後に建設。煉瓦造であり、その圧倒的規模は希少価値が高かったが、2004年にためらいなく解体撤去された。
現存するのは倉庫群。切妻の大倉庫4棟、小倉庫4棟が横につらなる。この倉庫群は撤去を免れて、ニッカ門司工場へ譲渡された。ニッカは倉庫を大切に使用しているようで、夜間はライトアップされた姿が国道199号の通りしな眺められる。
2007年3月21日作成
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Former Nippon Seihun Mozi Factory