ガゾーン関門都市圏

2008年10月5日更新

日本溶接協会 九州地区溶接技術検定委員会 検定場

設計・施工
鈴木守蔵+岡田音次郎(設計)、不詳(施工)
竣工・規模等
1909年竣工、1964年検定場開設、煉瓦造、平屋
場所
北九州市戸畑区牧山新町2-15
画像

日本溶接協会 九州地区溶接技術検定委員会 検定場

日本溶接協会

日本溶接協会は、1949年に通産大臣から社団法人の認可を受けて設立された業界団体。溶接・接合技術に関する技術の向上と普及を図ることを目的に組織された。新日鐵や三菱重工業などの業界大手が率いる典型的な全国組織の業界団体だ。

九州地区の溶接技術検定委員会は牧山新町の町工場が集まる一角にある。北九州市は工業系市街地と一般市街地が明確に分離され、ここのように町工場と住宅がごちゃごちゃまざった街区はあまりない。近年は町工場跡地に大型パチンコ屋が2軒進出して、なお混沌とした街区になった。

建造物

引用

検定委員会の建物は事務所と検定場の2棟からなる。事務所は真新しくて興味を引かないことから、ここでは取り上げない。検定場は煉瓦造の倉庫風で、裏手の大きな縦長の窓と、コの字に曲げた銀色の煙突が目を引く。

建物は上から見るとLの字で、切妻の2棟をくっつけた形をしている。写真は側面であり、奥行きは側面の2倍ある。検定場が開設されたのが1964年と突き止めて、もしや鉄筋コンクリートの煉瓦張りなのではないかと疑ったが、建築様式が古い。以前からあった煉瓦の建物に大きな縦長の窓を穿って、壁の下側をコンクリートで補強したらしい。

この煉瓦造に関しては先日までなにも分からなかった。青地学氏が調べて、安川敬一郎が1908年に設立した明治紡績戸畑工場の一部だと判明した。同工場は1937年に1300名の職工を抱えたが、1940年の国策による企業統合でシキボウに吸収合併され、安川の手を離れた。工場は1955年に閉鎖された。規模の小ささが嫌気されたようだ。

跡地には東亜鉄構牧山工場(現在はがちゃぽん戸畑店)ほか金属加工の町工場が並んだ。小さな町工場は明治紡績の建物を撤去せずそのまま利用するなどして、この検定場のような切れ端がいくつか残った。

2007年9月1日作成

資料

参照記事(外部サイト)
明治紡績 165~166頁 - 北九州の近代化遺産
関連項目(ガゾーン内)
がちゃぽん戸畑 - 隣接地。東亜鉄構牧山工場跡地のパチンコ屋。
東京製綱小倉工場 - ワイヤロープ製造工場。煉瓦造の事務所と倉庫。
門司赤煉瓦プレイス - 旧サッポロビール九州工場。煉瓦造の工場。
日本製粉門司工場 - 鈴木商店が前身。煉瓦造の切妻倉庫群が残る。
旧門司米穀倉庫 - 元は政府の備蓄施設。和洋折衷の蔵が10棟並ぶ。
ニチモウ戸畑営業所 倉庫 - 平屋の煉瓦造3棟を結合。現在は廃墟。

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The Examination Hall at Kyûsyû Welding Engineering Committee, Japan Welding Engineering Society