2008年01月05日更新
末松商店は、黒崎・田町の区画道路沿いにある株式会社末松商店と合資会社善清實が入居する事務所。現在、両社は月極駐車場を細細と経営しているようだ。
黒崎・田町は長崎街道黒崎宿の東構口(宿場東側の出入口となる門塀)があった場所で、現在も商工業者の町屋が密集する。JR鹿児島線の北側といえば工業地域で埋立地の印象が強い。町屋が寄り添う密集市街地は、前知識なく訪ねたときはかなり違和感があった。
末松家はかつてこの地で醸造業を営む名家だった。1918年に末松商店を設立して会社組織となり、石灰石供給、セメント用樽製造、タバコ販売など雑多な事業を手がけた。なお、「商店」の商号は現在ではもっぱら小売業者が用いるが、近代では一般論として商社(総合商社)未満の企業という認識だった。
現存する末松商店の事務所は会社設立の1918年かその前後の竣工とみられる。現在、末松家の屋敷跡は駐車場になっているが、1974年の空中写真では敷地中央に母屋があり、北東に事務所、南東に醤油醸造所や貯蔵庫らしい建物が写る。
末松商店は八幡製鐵所の出入業者だったことから、事務所は八幡製鐵の発明品である鉱滓煉瓦を建材とした。内部は1階が事務所、2階は応接間や社長室。外観はモルタル塗りの質素な寄棟ながら、さりげなくおしゃれだ。
土台から1階窓下にかけては赤煉瓦を張り、門柱と揃いにした。1階のモルタルは窓上を焦点として目地を浮き立たせる。胴差から2階の庇までのモルタルはやや暗い色に塗り分けた。その上は1階と同じ色ながら無目地だ。1階の窓は櫛型アーチで処理し、階段室の窓はあえて胴差をまたいだ位置に設えた。つんとした屋根飾りもある。
所有者は建物に思い入れがあるそうだ。所有権が移転しない限り、解体撤去される恐れはない。気がかりは耐久性に難のある鉱滓煉瓦だろうか。所有者に保存の意思があっても、鉱滓煉瓦が劣化してボロボロでは建物は持たない。
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