2007年05月02日更新
上流側
下流側
橋上の路面はコンクリートタイル張り
春吉の眼鏡橋(旧名、渡上橋)は、紫川上流に架かる石造の二連アーチ橋。石材は紫川で採れた川石(輝緑擬凝灰岩など)を用いる。現地を訪ねると分かるが、石材はここらの川底にある石と同じで、川と橋の自然な調和が素晴らしい。
石橋の建造には悲話がある。1917年に子守の女の子が間に合わせの板橋から転落死した。これを悼んだ春吉地区住民が建設費を拠出し、隣りの道原地区の石工、中山熊次郎と佐島栄治らに建造を委ねた。江戸時代の話のようだが、第一次世界大戦後のことだ。
建造当時は素朴な二連アーチ橋だった。高欄(手すり)は建設当時はなく、大正末(建造から7年後)頃につくられたという。
祖父が寄付者だったという現地の方の話によれば、橋脚の上流側に取り付けられた水流圧軽減のための三角の張り出し(写真1枚目)は、役所がこのままでは橋が流されてしまうとして、後に増設したという。同じ川石だから違和感はない。橋に立体的な表情を与えてよい感じだ。
橋上の路面は正方形のコンクリートタイルを敷き詰める。自動車の重量にも耐えて、現在も日日の生活でごく普通に通行できる。
地元の宝物として近隣住民に愛されている石橋だから、これからも末永く大切に扱われよう。一つ疑問なのは、橋に名前がないことだ。「渡上橋」「春吉の眼鏡橋」は固有名詞とは言い難い。子守の女の子の悲話があるのだから、その子の名前をつければよいのではないか。
橋のたもとの石碑に寄付者58名の氏名と寄贈額、石工の名を刻む。土木学会のCランク土木遺産。北九州市指定史跡。
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The Two-arched Bridge at Haruyosi