ガゾーン関門都市圏

2011年2月10日更新

藤本ビルブローカー銀行門司支店(撤去)

設計・施工
武田吾一=竹中工務店(設計)、竹中工務店(施工)
竣工・規模等
1924年竣工、2011年2月解体撤去、RC造、地上3階
場所
北九州市門司区浜町2-18
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2003年頃の福岡中央銀行門司支店 写真転載 裏辺研究所

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クリーム色になった福岡中央銀行門司支店 2005年6月

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2010年4月12日より空き家に 2010年10月

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旧日銀通り向かいに新築された福岡中央銀行門司支店の新店舗 2010年10月

あらまし

藤本ビルブローカー銀行門司支店は、大和証券グループの前身である藤本ビルブローカー銀行(本店、大阪市)が関門金融市場に進出した1924年に開設した支店。門司支店ビルヂング。ビルブローカー銀行(BB銀行)は当時六つあった銀行種別(中央銀行、特殊銀行、都市銀行、地方銀行、貯蓄銀行、ビルブローカー銀行)の一つで、コール取引(銀行間での短期資金の貸し借り)を行う銀行を指す。

大正時代の関門は、東京、大阪に次いで、わが国の三大金融市場の一角を占めた。北九州市立大学の迎由理男氏によれば、藤本ビルブローカー銀行門司支店は「関門金融市場最大の資金供給者であり、コールの取り手であった」という。関門金融市場の覇者にしてはこじんまりしてかわいらしい建物だが、一般客を相手にした銀行ではないから、こんなものか。

藤本ビルブローカー銀行は1933年に銀行業を廃業して証券会社になった。門司に残された建物は正金相互銀行が買い取り門司支店を入居させた。同行は後に福岡中央銀行と名前を変えたが、門司支店は変わらずこの建物に収まっていた。2010年4月12日、福岡中央銀行門司支店は道路向かいの門司信金本店跡地に新築した新店舗へ移転、空き家になった大正レトロは2011年2月に破壊された。

建造物

門司支店ビルヂングは残存する唯一のビルブローカー銀行の建造物だったとみられる。指定文化財ではないが、近代銀行史の生き証人として価値があった。

設計者の武田吾一は「関西建築界の父」とも呼ばれ、ヨーロッパ留学で影響を受けたアール・ヌーボー、セセッション(分離派)などの新しい様式を日本に紹介した建築家という。そう言われれば、門司支店の櫛刻みの胸壁が分離派風に見える。しかし設計者が判明したのは最近のことだ。北九州市が設置した案内板には設計者不詳とある。

設計者は不詳。垂直線を貴重とした鉄筋コンクリート三階建て。玄関脇の二本の柱と庇、二階の半円形の頂部を持つ窓が強い対象性を生み出している。

正面玄関周りの細やかなデザイン、段々と奥へ後退する黒いタイル面や三角形をモチーフとしたレリーフ状の装飾に際立った特徴がある。(現地案内板)

角地に立地するが前のめりで顔のはっきりした建物だ。区画道路側の側面は階段室部分の小判窓がアクセント。裏側には増築された切妻平屋が張りつく。玄関上の円形アーチ3連窓は門司信金本店とお揃いだった。もっとも、門司信金本店のそれは外壁を円形アーチ風に塗り分けただけで、こちらの意匠の模倣だったろう。

不要な大正レトロ

門司港では近代の銀行建築が相次いで撤去されている。以前は都市銀行が撤退した後に地方銀行が入居する建物の使い回しが行われていたが、近年は建物を払い下げる都市銀行が不在となり、地方銀行同士は仲が悪いため、建物の融通が利かない。レトロ建築の再利用よりも新築が好まれるようになったのも一因か。福岡ひびき信金が自社所有のレトロ建築を破壊して似非レトロを新築したのは記憶に新しい。

福岡中央銀行の移転新築はこれまでの例よりも事態が深刻だ。大分銀行の場合は、支店の統廃合により門司港から撤退して建物が不要になった。西日本シティ銀行や福岡ひびき信金の場合は、好立地を求めて地区内移転したことを口実にした。福岡中央銀行はほぼ同じ位置に当世風の新店舗を建設し、歴史ある大正レトロを破棄した。言い訳はできない。

顧客が「歴史ある建物を破壊して新店舗を建設するなど言語道断だ」と異口同音に怒りをあらわにすれば、商売人は顧客離れを恐れて再考したろう。しかし現実の顧客(や市民)は無関心だ。他の街の市民同様に新しくできる建物には関心を示しても、破壊される古い建物には価値を見出さない。だから、当然にこういう結果になる。近年の門司港は近代建築に対する関心を失っている。

旧藤本ビルブローカー銀行門司支店の今後について門司港レトロ倶楽部に問い合わせたところ、「現在銀行側や行政、研究機関等と協議を重ねながら、なんとか保存できないかと取り組んでいる」(2009年12月)という話だった。公民館に転用するという噂もあった(市原氏)が実現しなかった。わたしは福岡ひびき信金が悪い例を示し、それを福岡中央銀行が踏襲すること恐れていたが、結局その通りになった。

2006年1月3日作成、2011年2月10日更新

資料

参照記事(外部サイト)
関門地域金融の展開 - 迎由理男
武田五一 - ウィキペディア
近代化産業遺産総合リスト・門司港地区編 - 産業考古学研究室
解体が始まりました~藤本ビルブローカー銀行 - 門司港レトロでアンティーク
関連項目(ガゾーン内)
明治屋門司営業所 - 明治の大家、曾禰達蔵が設計した煉瓦造。撤去。
大分銀行門司支店 - 最初期のRC造。門司港最古の銀行建築。撤去。
門司信用金庫本店 - トンネル風の玄関が特徴的な信金本店。撤去。
旭湯 - 大理石の壁や御影石の床、黒御影石の円形浴槽。撤去。
西日本シティ銀行門司港支店 - 戦後レトロ。2階を押し潰した建物。撤去。

ご意見等

2010-11-20 投稿

門司港の事、全然わかってない。

毎日あの銀行を利用している人の事も。

記事を見て不愉快でした。

2011-2-9 投稿

『福岡ひびき信金が悪い例を示し』

そんな事はない。栄町商店街の近くに駐車場付きで移転し利用者、商店街は喜んでいる。建物も景観に配慮している。

この記事を書いた人は門司港の事が全く分かってない。住んでる人の事をもっと考えて記事をお書きになった方がいい。

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