2007年07月14日更新
杤木ビル(「栃木ビル」は誤記)は、杤木商事(現、杤木汽船)が1920年に本社として建設した建物。現在は雑居の事務所ビルで、松栄ほか数社が入居する。
現在は真紅の若戸大橋の下に立地するが、竣工当時は当然に若戸大橋はなく、このあたりは門司港駅西側の国道198号のように岸壁を背に建物が密集した海岸通りだった。当時の住所は東海岸通二丁目。
設計の松田昌平は直方生まれで門司港を拠点に活躍した建築家。国重要文化財の旧門司三井倶楽部(1921)を手がけたことで名高い。
杤木ビルで採用した鉄筋コンクリート造にはまだ不慣れだったようだ。石張りの重厚な玄関をあつらえ、小口の暗色タイルをめぐらせた外観は保守的に傾く。厚いモルタル塗りの胸壁や白い梁型などからは、意匠の雛型が煉瓦造だったことが窺える。
実直一本槍というわけではない。玄関の石張りを櫛形に処理し、2階と3階のあいだの壁面に三つの菱形を描いた。最上階の庇状の部分にはライオン彫刻などをあしらったが、これは1989年ごろにコンクリート製の軒先もろとも老朽化のため落下した。
ライオン彫刻に関しては、「当時杤木ビル株式会社(杤木汽船の船舶代理店)の代表者、調氏が所有しており記念として保管すると聞いております。調氏が亡くなられてご子息が所有されたと聞きましたが、その後数年経ちましたので詳しくは分かりません」(消息筋)。
構造に関しては先進的だった。岸壁に立地しながら半地下室を設け、地上3階まで組み上げた。設備も充実しており、自家用浄化槽を備え、水洗便所を完備した。若松に次の時代の息吹を伝えた建物だった。
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