2005年05月23日更新
小倉玉屋は1935年に菊屋百貨店として開業した。建物の原形は戦前の典雅な石造り風百貨店建築。上に3階積み増し、西側に8階建ての新館を設けるなど増改築がはなはだしかった。建築物は竣工時点の様態が時の流れとともに劣化してゆくが、玉屋は増改築によって時代背景を取り込み、戦前から戦後の建築史的な建物だった。
リバーウォーク北九州(2003)建設のため解体撤去。業績不振の玉屋はリバーウォークに店子として入居し、規模を大幅に縮小した上で存続するはずだった。ところが2000年にそごうが倒産。小倉そごうも閉店となり、セントシティ北九州(小倉駅東地区市街地再開発ビル)が空家になって浮き足立った。2002年3月に起死回生を期してセントシティに仮入居、売上が好調なら正式店舗として居座る腹積もりだった。
セントシティの玉屋は初日こそ2億5000万円を売り上げたが、その後は低調に推移したことから営業の継続を断念した。同社は同12月に閉店、翌1月に臨時株主総会を開き、資本金の一部払い戻しなどの残務処理を決議した後に会社を解散した。
小倉玉屋の跡地は第2期事業の対象地で、西日本工業大学デザイン学部(小倉キャンパス)になる。
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