2006年04月30日更新
旧三井物産門司支店は、三井財閥の中核企業、三井物産が1937年に大陸貿易の拠点として建設した事務所。三井財閥は戦争を挟んで10年後の1947年に米国占領軍(GHQ)が占領政策の一環として解体した。
門司支店(や門司三井倶楽部)は1949年に国鉄の手に渡った。以降、建物は国鉄九州総局などを経て、JR九州第一庁舎(本社)に。しかしJR九州は本社を市外へ移転し、残りの北部九州地域本社も西小倉駅前の新築ビルに移転した。
建物はアメリカ合理主義に則った事務所ビルで、建設当時は関門第一の高層建築。幅広の柱型を頂部で内側に折り曲げ、単調な形状にやわらかさを与えた。外壁のモルタルは戦火や風雪を刻むが、黒い石で造った玄関の重厚さは往時と同じだろう。
設計者の松田軍平は道路向かいに移築した旧門司三井倶楽部(1921)の設計者、松田昌平の弟。松田兄弟はここ門司港を拠点とした建築家だった。80年を経て兄弟が三井物産のために設計した建物が揃ったと囃し立てる人がいるが、兄も弟も「こんなはずではなかった」とあの世で嘆いていよう。
JR九州は2002年にこの建物を撤去して駐車場にする方針を打ち出した。北九州市は歴史的建造物の有効活用を同社に要請したが、JR九州はこの地に唾を吐いて出て行った裏切り者だから色よい返事を返すわけがなかった。
結局、北九州市が2005年12月に浜町の市有地と等価交換する方式で建物を取得した。市は門司港レトロの観光拠点施設へ模様替えしたい考えだ。
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