2006年06月19日更新
マルハは1904年に創業者・中部幾次郎が家業の鮮魚仲買運搬業の本拠地を明石から下関に移し、1924年に個人経営から株式会社組織に変更したことにより起こる。
下関の事務所は大洋漁業の本社として建設した。大洋漁業は1949年に本社を東京へ移し、下関の本社は支社に降格した。「マルハ」と社名変更したのは1993年だった。
マルハは本社移転の見返りにプロ野球の大洋球団(現在の横浜ベイスターズ)を下関で設立したが、その球団も6年後の1955年には川崎へ移転した。下関では期待を持たせておきながら撤退するという行動を繰り返した経緯があり、市民のマルハを見る目は冷めている。
建物は下関駅西口(裏口)の正面にあり、玄関面こそ小さいが、国道191号沿いに幅広の側面を向ける。駅前立地というよりは、下関漁港の一等地だ。
当時の大企業の本社だから、戦前の事務所建築にしては規模が大きい。上下窓を除けば現代の中規模事務所ビルとほぼ同じ形。現在でもごく自然に町並みに溶け込む。
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Maruha Simonoseki Branch (Former Taiyô Gyogyô Headquarters)