2008年10月5日更新
門司区役所は、「西部」の中枢拠点として繁栄を謳歌した旧門司市が1930年に門司市役所として建設した庁舎。1963年の北九州市発足により門司区役所となる。北九州市内では2007年に戸畑区役所が戸畑C街区の新庁舎へ移転し、戦前の庁舎で現役なのは門司区役所だけになった。
門司港の中心からやや南に離れた国道3号沿いの風師山中腹に立地し、ここからは関門海峡や下関旧市街が見晴らせる。山の中腹といえば誤解を招きそうだが、門司港は平坦地に乏しく、ここ清滝はかつて官公庁街だった。現在でも門司税務署や門司掖済会病院などがあり、戦前は新聞社や鉄道本社なども沿道に軒を連ねた。
建物は20世紀前半の国際様式に与したという。同年竣工の九州大学工学部本館と同じ意匠だから、地域性や用途を超えた汎用設計という意味ではなるほど国際様式だ。同じ年に別の場所で同じ意匠の建物を建て、一方では茶色のタイルを張り詰めることで学問の権威を、一方ではクリーム色に塗ることで港町らしい軽快さを表現した。
門司区役所は全体としては国際様式=脱装飾というより、様式建築を機能的に仕立てた感じだ。中央に塔屋を立てて左右対称に処理するのは戦前の官公庁舎の定番。旧戸畑区役所も基本的には同じ形だ。半円状に迫り出す玄関ポーチや、胸壁(パラペット)の縞模様、建物隅を丸めて窓を穿つ処理などは、アールデコの影響が感ぜられる。
玄関から内部へ足を踏み入れると、九大と門司区役所で方向性に大差はない。会議室の框式扉や、その他の扉の欄間にはステンドグラスがはめ込まれ、さりげなく豪華で装飾的だ。照明器具や階段、売店などにはレトロな雰囲気が漂う。竣工当時は「全国にも誇るべきモダンな庁舎」と報ぜられた。1999年に国登録文化財に指定された。
吉崎祥氏は「明治以来輸入されていた西洋建築は、様式混合のいわゆる折衷主義であり、(中略)様式のみの影響を受け、その根本にある思想をみることはなかった」(北九州の近代化遺産)という。この時期の洋風建築にはこの説明がしっくりする。大正時代になって日本でも分離派が台頭したが、倉田謙は新時代の申し子ではあるまい。
2008年4月17日作成
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