2009年5月13日更新
福岡ひびき信用金庫門司港支店 2005年6月
特徴的なトンネル風の玄関
門司信用金庫本店は、1930年に旧門司信用組合(後に門司市信用金庫→門司信用金庫)の本店として建設された。門司信金は2003年に他3信金と共に福岡ひびき信用金庫に大同合流し、旧本店は門司港支店に降格した。福岡ひびき信金は2008年4月に門司港支店を栄町に新築し、建物は2005年5月に解体撤去された。
信金支店はこじんまりしたのが多いが、これは元が門司信用金庫の本店だから、そのへんにある地方銀行や都市銀行の支店より大きかった。写真では外壁がモルタル塗りになっているが、往時はタイル張りだった。玄関のトンネル風の大きな庇が特徴で、その上の3組の窓も円弧アーチ風に外壁を塗り分ける。ややおどけた印象を受ける。
トンネル風の玄関は昭和20年代(1945-55)の改修増築によるものという。地元金融機関だから関門国道トンネル開通の願いを込めたのかもしれない。関門国道トンネルは1939年に着工したが、第二次世界大戦中に米軍の爆撃により壊滅した。供用は終戦から13年後の1958年だった。
切り込みのような細い上下窓用の窓枠に煉瓦造の名残りがあった。初期の鉄筋コンクリート造は煉瓦造の手法がそこかしこに見受けられるが、これは煉瓦造を愛惜したからというよりは、構造材が鉄筋コンクリートに変わっても、窓などの汎用品はすぐに入れ替わらなかったからだろう。
旧門司信金本店の解体を知らされたときは唖然とした。解体に先立つ1年前に門司港支店が移転した件に関しては、立地条件が竣工当時と比較して悪くなったのだから、やむをえない側面があった。戦前の街なかは、いまでは街外れだ。建物は静態保存するか、斜め向かいのNTT門司営業所のように記念館として開放すると思った。
似非レトロを新築すれば、戦前の貴重な文化財を破壊してよいのか。立地が問題なら、同時期に解体撤去された西日本シティ銀行門司港支店(1951-2008)を譲り受ければよかった。一方が救えないにしても、もう一方は救えたはずだ。所有者が地元金融機関だったたけに、門司港レトロの街づくりが完全に信じられなくなった。
2006年1月3日作成、2009年5月13日更新
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