2007年11月04日更新
門司税関一号上屋(西海岸一号上屋)は、隣接地に本関を置く門司税関が倉庫として利用する建物。関門港の門司・西海岸埠頭には一号から十号までの二級上屋が約1700mにわたって10棟並ぶ。現在の西海岸埠頭はトウモロコシ、砂糖、紙、バルブなどを取り扱う昔ながらの港だ。
一号上屋と二号上屋(写真3枚目)は門司港レトロ事業に伴う西海岸臨海造成地の埋立事業により岸壁が遠のき、「陸へ上がった船頭」の状態だが、元は1929年に大連航路待合室として建設した国際貨客ターミナルで、大陸植民地への表玄関だった。往時は道路の位置に岸壁があった。
貨客ターミナルの基本構造は現在の下関港国際ターミナルと似る。1階に荷捌場や検査場があり、2階に広間や待合室があった。違いは玄関が陸側の平ではなく北側の妻にあることだが、これは陸路の表玄関だった門司港駅(当時は門司駅)が北側にあったからだろう。
玄関両脇の半円形は海側が階上待合室の検問、陸側が階下旅具検査場の検問。大階段を上った2階は国際色豊かで華やかな雰囲気を醸したそうだ。2階の甲板(デッキ)は長さ100mにおよび、乗降客や見送り客で賑わった。岸壁には、うらる丸、うすりい丸、吉林丸、大連丸などの大型客船が接岸した。
太平洋戦争の終結によりわが国は大陸植民地を失って、大連航路待合室は国際貨客ターミナルとしての役目を終えた。建物はそののち進駐米軍に接収され、朝鮮戦争の折は軍事物資を蓄えた港湾倉庫として利用された。1972年に返還。現在は1階のみを税関倉庫として利用する。
建物は半円形の検問のほか、玄関上の2階窓のあいだにアールデコ調の幾何学模様をあしらうなど往時の趣味が窺えるが、なにせ現在は破れ屋だから存在感が薄い。
そんなわけで、1989年に北九州港開港百周年記念事業「みなと・鉄道まつり北九州100」を開催した折に、海側の平に北九州出身の漫画家 わたせせいぞうと一般公募の壁画を描いた。色あせて修復する段になり、わたせ氏の壁画のみを修復したのが市民の不興を買った。
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