2008年10月5日作成
旧共同漁業ビル横の道路から
旧共同漁業ビルの駐車場から
RCで補強した煉瓦造
ニチモウ戸畑営業所 倉庫は、関門港洞海地区の岸壁に立地する旧共同漁業ビル(1936)の裏手にある煉瓦造の倉庫。かつて戸畑には同社石油部のガソリン給油所などがあったらしいが、現在は廃墟と化した倉庫のみが残る。戸畑営業所は旧共同漁業ビルに入居する。
ニチモウは創業者の高津英馬が1910年に下関で高津商店漁業部を創立したことにより興る。1919年に日本魚網船具として株式会社に改組、1940年に本社を東京へ移転した。1972年に石油部を分離し、東燃と共同出資してキグナス石油を設立、本体はニチモウと社名変更した。
戸畑へ進出した正確な時期は知らないが、会社資料によれば、1930年に戸畑に初のガソリン給油所を開設したとあり、現存する倉庫はこの時期に建設されたと推定される。日本魚網船具は得意先の共同漁業(現、日本水産)の拠点変更に伴い、戸畑へ連れ立ってやってきたようだ。
戸畑漁港の漁船向けに始めた石油事業はこの時期伸長著しく、後にキグナス石油へと発展する。同じ時期、門司では出光商会(現、出光興産)が急成長を遂げていた。石炭から石油へのエネルギー転換を促し、もって北九州工業地帯を地盤沈下させたのは、地元で勃興した石油商会だった。
残存する煉瓦倉庫は切妻3棟を妻-妻-平で結合する。3棟合わせても工場付属の小倉庫1棟程度の大きさしかなく、仕入れた石油製品などを保管する程度の用途だったろう。竣工当時の屋根は落ちて、トタンに葺き替えられた。中の1棟はそのトタン屋根も落ちた。
この倉庫は平に窓があるのがめずらしい。煉瓦造は壁組みであり、壁に横長窓を穿つと窓上が崩れ落ちる恐れがある。この窓は上部をコンクリートで補強し、鉄格子を嵌めているから構造上の問題はないが、鉄筋コンクリート(RC)倉庫の様式であり、煉瓦造としては晩年の作ではないか。
保存状態はよくない。2005年3月の福岡県西方沖地震によって損傷したろうか。破風あたりに亀裂が走り、煉瓦もぼろぼろに崩れている。いつ倒壊してもおかしくない。ニチモウに保存の意思があるとは思えず、近い将来に解体撤去されてこの世から姿を消すことになりそうだ。
2008年9月26日作成
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Nitimô (Nichimo) Warehouses at Tobata