2008年10月5日更新
写真転載 裏辺研究所
山口銀行門司支店は、旧横浜正金銀行門司支店として1934年に開設された。同行は1880年の国立銀行条例によって開業した外国為替銀行。政府の庇護を受けて外国貿易関係業務に携わり、帝国主義の領土拡張と歩調を合わせて規模を拡大、1920年には世界三大為替銀行の一つに数えられた。
しかし敗戦後の1946年、米国占領軍(GHQ)の指令でいったん閉鎖し、同年に東京へ本店を移して東京銀行として新たに発足した。東京銀行は1996年に三菱銀行と合併して東京三菱銀行になった。門司支店は横浜正金銀行が1946年に閉鎖したとき、山口銀行が取得した。
建物は国道3号と桟橋通りの交差点角にあり、門司港ではもっともよい位置を占める。交差点に面した角を切り落として玄関面を造り、二つのトスカナ式円柱の間に玄関を挟む。2階窓の上には花網装飾をあしらう。石造りを強烈に意識した彫りの深い外観だ。様式建築だから独創性はないが、名門・横浜正金銀行の支店にふさわしい。
設計者の桜井小太郎(1870-1953)は、イギリスで建築を学んだ後に海軍技師を経て、三菱合資会社に入社、技師長として三菱の丸の内ビジネス街の建設の主軸を担った。この建物は桜井が得意とした英国風古典主義の様式がよく現れているという。
山口銀行は北九州を下関同様に本拠地と位置づけることから、地域貢献だ新規事業だといっては、なにかと金を出す。スターフライヤーに最初に出資した銀行が山口銀行なら、ひびきコンテナターミナルに出資したのも山口銀行だった。北九州市が門司港レトロ事業を始めるに当たって、真っ先に反応したのも山口銀行だった。
門司港の近代建築は相次いで解体撤去されている。銀行建築も例外ではなく、2006年に大分銀行門司支店、2008年に西日本シティ銀行門司港支店が解体撤去された。翻ってこの建物は山口銀行がぴかぴかに磨き上げた。山口銀行が所有者である限り、先行きになんの不安もない。
2005年6月2日作成
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