2008年04月30日更新
九州労災病院(建設中)の南側面 2008年04月
北九州空港移転跡地産業団地 九州労災病院の建設地は左端 引用:北九州市
九州労災病院は、労働省が1948年に日本製鐵所有の疎開診療所を買収し、翌1949年に開設した全国初の労災病院。当時は内科、外科、整形外科、理学療法科の4診療科からなり、病床数は34。小倉傷痍者訓練所を付設した。
労災病院は勤労者医療の中核的役割を担うため、働く人たちの健康を医療の目で見守るという理念の下、 ここ九州を手始めに全国35箇所が設置された。北九州市は全国で唯一、市内に二つの労災病院が存在したが、もう一方の門司労災病院は2008年2月に九州労災病院に統合され、分院の扱いになった。
本院の九州労災病院は診療科14、病床数535の総合病院。臨床研修指定病院かつ産業医科大学の関連教育病院として高度な診療機能を保有する。特に、整形外科、リハビリテーション、神経内科、脳卒中診療および高圧治療の分野において顕著な実績を誇る。
旧病院が老朽化したことから、北九州(曽根)空港跡地の西側区画で新病院の建設に着手した。病院は工期が長く休業でやり過ごせないため、新築しなおす場合は場所を移すことが多い。九州労災病院の場合、前身が疎開診療所で足立山の中腹という不便な場所にあったのも移転を後押しした。折りよく利便性の高い遊休地が生じたのは好都合だったろう。
新病院の設計を全体統括する中井新氏は北九州に作品が多い。北九州での代表作はアジア太平洋インポートマート(1998)だろう。九州労災病院は周囲になにもない空港跡地に立地するためか、表裏がなく中心性の高い意匠になっている。下2階は箱型の病院本体、3~8階が病棟のようだ。この病棟は十字型だろうか。竣工の暁には下曽根のランドマークになりそうだ。
ずば抜けて大きな建物に見えるが、病床数が85床減少するなどリストラの影響が色濃い。延床面積は3万㎡強しかなく、北九州最大の九州厚生年金病院(2004)と比較すれば二回り小さい。九州労災病院と門司労災病院の統合では「全体として機能の効率化・高度化を図る予定」(内閣衆質159第36号)というが、病院としての実体規模は確実に小さくなる。
©2008 GaZONE Kanmon-Kitakyûsyû. Morrie & Co. All rights reserved.
Kyûsyû Rôsai Hospital