2008年10月5日更新
拝殿
門前町(長府の繁華街)
忌宮神社は、仲哀天皇(生年不詳―西暦200年、実存に疑義あり)が熊襲討伐のため西に下り、この地に皇居豊浦宮を興して7年間政治を行った旧址で、天皇が筑紫の香椎で崩御したのち神霊を鎮祭した。
聖武天皇の代に神功皇后を奉祭して忌宮と称し、さらに応神天皇を祀って豊明宮と称す三殿別立の古社(延喜式内社)となったが、中世における火災の際、中殿忌宮に合祀して一殿となり、忌宮をもって総称するようになった。「忌」は「斎」と同意語で、「清浄にして神霊を奉斎する」の意。
古来、文武の神として歴朝の尊崇武将の崇敬篤く、安産の神として庶民の信仰を受け、長門国二ノ宮として広く親しまれる。
忌宮神社は歴史の長い神社だが、火災や戦災により幾度となく焼失し、古来の建造物は残されていない。現在の社殿は明治10年(1877)の造営で、昭和56年(1981)に改修した。他に神門(1926)、手水舎(1923)、拝殿(1877)、宝物殿(1972)などがある。
2006年1月6日作成
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Iminomiya Shrine