2009年10月14日更新
関門国道トンネル(正式名、関門隧道)は、関門海峡の最狭部、早鞆の瀬戸を横断する国道2号の海底トンネル。開通から半世紀が経過した現在も、中国地方と九州地方を結ぶ陸上交通の要衝であり、下関市と北九州市を結ぶ唯一の生活道路でもある。
トンネルは1973年に建設費の償還が終わり、当然に無料開放する義務が生じた。しかし国は急きょ償還主義の原則を翻し、「維持管理有料制」なる制度を新たに発案して通行料金の徴収をやめなかった。収益率が全国上位にある道路を手放したくないのは分かるが、国が無料開放の約束を反故にするのはいかがなものか。
1日の通行台数は3万3680台。片側1車線でこの通行量だから、ひねもす夜もすがら渋滞する。特に朝夕は海峡の反対側まで渋滞の列が伸びて、対岸へ行くのが億劫だ。トンネル内は狭い上に大型車の混入率が高く、息苦しさを感ずる。有料ならばトンネルをもう1本通して4車線化してもらいたいが、そういう話は一切ない。
関門国道トンネルは1939年に着工した。2年後には調査用トンネルが通じたが、その後の太平洋戦争により工事施設の大半が被災し、工事が長らく中断して工期は21年に達した。当初は人間が削岩機で掘り、松の木で岩盤を支えて、コンクリートで固めてゆく在来工法だった。
海底トンネルは土圧に加えて水圧が加わるため、山岳トンネルのような半円形の断面ではなく、力学的に安定した円形断面でつくる。同じく円形断面の関門鉄道トンネルは単線並列式だが、関門国道トンネルは一つの大きなトンネルだ。大口径を有効活用して、車道の下に歩行者・自転車用の人道を通し、二階建て構造になっている。
「海底部の延長134.5mにおよぶ断層破砕帯は、逐次逆巻き工法を採用、下関側の陸上部の風化土砂層273mには、わが国初めてのルーフシールド工法を採用した」(北九州市の土木)。
人道は壇之浦(関門橋下関側主塔横)と和布刈(関門橋門司側主塔横)に出入口を設ける。トンネル面まではエレベータで上り下りする。出入口が市街地から遠く実用性は皆無だが、内部は洞窟のように年中快適なため散歩者が多い。1日の通行人数は808人。歩行者は通行無料。自転車は20円。
関門国道トンネルは交通量の増加や車両の大型化、海水の漏水により、車道部床版や天井板などに劣化が生じ、開通20年目から10年毎(1979年、1988-9年、1998-9年)に通行止めを伴う補修を行っている。開通50年となる2008-10年は、車道床版と天井板を新品に取り替える大規模補修を実施する。
通行止め期間は関門橋がトンネル料金で利用できるが、関門橋に1日7万台弱の車両が集中すれば大渋滞を引き起こす。平時も渋滞に悩まされる関門海峡の往来は、一方が不通になれば耐え難い苦痛を伴う。関門国道トンネルの延命には限度があり、有事の代替路を確保する必要もある。第二関門海峡道路の着工はどうなったのか。
2007年11月29日作成、2009年10月11日更新
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Kanmon Highway Tunnel