ガゾーン関門都市圏

2006年2月6日更新

大興善寺と蒲生の煉瓦蔵 2/2

設計・施工
蔵 未調査
竣工・規模等
明治・大正時代(?)、煉瓦造などの蔵が複数棟
場所
北九州市小倉南区蒲生2丁目ほか

蒲生の煉瓦蔵

大分では「隣家に蔵が建つと妬ましい」というそうだ。妬ましいという感情は模倣の動機になる。あの屋敷にもこの屋敷にも似たような煉瓦の蔵があるのを見ると、蒲生では煉瓦の蔵が流行熱として伝染した時期があったらしい。

大興善寺の庇護があったかどうかは知らないが、蒲生は農民が豊かだったようだ。江戸の蓄えはそのままに時代は明治・大正へ移り、新物好きなだれかが西洋の赤煉瓦を使って蔵を建てた。隣家の豪農らはそれを見て、「うちもあれがほしいな」と指をくわえて羨望した。かくして煉瓦の蔵が次から次へと建設されたのではないか。

煉瓦の蔵1

蔵を区分するため、便宜上数字を割り当てた。大まかに南から北へ紹介する。この蔵1はわたしが駆け足で蒲生をめぐって探し当てた中ではもっとも立派かつ保存状態がよい。

建物は赤煉瓦の地上2階。屋根は切妻造の本瓦葺き。煉瓦はイギリス積み。土台は石積み1段。現在は蔵というより離れ屋らしい。立派な窓が平に四つ、妻に一つある。破風(ペディメント)の丸い開口部はこの蔵だけに見られ、他の蔵にはない。建物は普通自動車が通れないあぜ道に立地する。

帝冠様式というと大げさだが、この蔵は屋根が黒瓦というだけではなく、窓も横長だから和の意匠だろう。妻はそうでもないが、平は和洋折衷を強く感ずる。

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煉瓦の蔵2

蔵2は建設中の幹線9号沿いにある。あと数メートル道路寄りなら撤去対象だったろう。長手積みの赤煉瓦の塀に囲まれた豪農の入母屋屋敷に愛らしい赤煉瓦の蔵が張りつく。蔵1をぎゅぎゅっと小さくした印象だ。

屋根は切妻造の本瓦葺き。煉瓦はイギリス積み。石の土台ががなく、妻壁の破風が高いのが目に留まる。平の2階に通風の窓が一つ開く。入口は母屋の内部にあるのだろう。

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煉瓦の蔵3

蔵3は大興善寺の山門から見える位置にある。屋敷は広大な敷地を赤煉瓦や鉱滓煉瓦の塀で囲う。建物は赤煉瓦の地上2階。屋根は切妻造の本瓦葺き。煉瓦はイギリス積み。規模は蔵1とほぼ同じ。現在は蔵というより納屋らしい。母屋側の2階に櫛形アーチの煉瓦をあしらいつつ四角形に開けた通風窓が一つある。その他の面には窓がなく、赤煉瓦という建材を除けばいかにも和風の蔵らしい佇まいを見せる。

前二つと異なるのは屋根で、妻壁が出っ張っていない。雨の多い日本では妻壁が屋根より高いのは雨漏りの原因になってよくない。

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煉瓦の蔵4

蔵4は曽根鞘ヶ谷線から10mほど入った場所にある。建物は赤煉瓦の地上2階。屋根は切妻造の本瓦葺き。煉瓦はイギリス積み。土台は石積み2段で、蔵1より1段高い。規模は蔵1とほぼ同じ。いまは廃屋のようだ。平に櫛形アーチの通風窓が一つがある。1階や土台の上にも小さな穴が開く。手前にあるトタンの破れ屋には赤煉瓦の付属屋がつく。

それにしてもトタンは嫌らしい建材だ。この格安建材は登場するやいなや居住環境を問わない建造物に大大的に採用され、工業地域や農村にある建造物の質感を極端に悪くした。トタンが出回るようなって以降は、倉庫は見る影もなく見苦しくなった。

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煉瓦の蔵5

蔵5は蔵4の裏手にある。建物は赤煉瓦の地上2階。煉瓦はイギリス積み。土台は石積み2段で、かなり厚みがある。かつては離れ屋だったろうが、現在は屋根が落ち、2階の床もなくなって外壁だけが残る。わたしがこの蔵を探し当てたのは2003年ころで、その時はまだ屋根があったように記憶している。いずれ取り上げようと思いつつ放置していたら、こんな無残な姿になってしまった。

この蔵を見るとどうやら玄関には庇があったようだ。玄関に庇というのは、壁の窪みと次で取り上げる白壁の蔵からの類推だ。おそらく片流れ本瓦の庇だったのではないか。

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白壁の蔵

最後に煉瓦造ではない蔵も取り上げよう。この白壁・板張りの蔵は上で取り上げた煉瓦の蔵よりずいぶん新しそうだ。蒲生は赤瓦の住宅が多い。煉瓦の蔵が流行熱として伝染する以前は、こんな蔵がそれぞれの屋敷にあったのではないか。

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蒲生の集落形成

蒲生は小集落が集まってより大きな集落を形成する。一つ一つの小集落には一国一城の主となる豪農の屋敷があり、その敷地内にかつて小作農だったろう長屋が立て込む。その状態をもっともよく残しているのが蔵2の周囲だ。蔵1、蔵3、白壁の蔵の周囲では一戸建てになってしまっているが、かつては蔵2の周囲と似た環境だったろう。

このあたりは自動車が入れない狭い路地が多い。すみずみを歩いて回ればわたしが探し出せなかった蔵がまだありそうだ。地図を眺めると最大の住宅密集地は巣山天満宮という小さな神社の周囲らしいが、車では入れないためわたしは立ち入らなかった。

蒲生は幹線9号の建設により大興善寺の門前を中心に壊滅状態になった。沿道はアパートやマンションが建ち始めており、幹線9号が開通する2010年を境に様変わりしそうだ。大興善寺は新築になった。門前町も新築となって無味乾燥な市街地に組み込まれる日はそう遠くあるまい。

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2006年2月5日撮影、2006年2月8日作成

資料

参照記事(外部サイト)
なし
関連項目(ガゾーン内)
幹線9号 - 長行田町線を代替する幹線道路。大規模な新設区間がある。

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