ガゾーン関門北九州圏

2005年09月25日更新

大里の線路下隧路

設計・施工
未調査
竣工・規模等
1942年竣工(?)
場所
北九州市門司区大里新町…

大里の操車場

大里は狭い平地に広大な操車場があり、市街地を大いに圧迫する。北九州貨物ターミナル駅南側の大里―松原間、および中央の原町―松原間に隧路(地下道、アンダーパス)、門司駅北側に立体交差(ガード下)があり、山側の市街地と海岸側の旧臨海工業地を連絡する。

構造物はモルタル塗りのコンクリートらしいが、竣工年を含めて詳しいことは分からない。旧門司機関区の下にあるのだから、九州鉄道の大里機関庫が開設された1898年から、関門トンネル開業に伴って門司機関区と改称された1942年までの竣工だろう。

全国一の集積を誇った北九州市の近代化遺産は、1990年代から一貫して猛烈な速度で消滅しつつある。わが国の近代化を先導した重厚な町並みが、数多ある凡庸に置き換えられる現状を憂える。大里の土木遺産も手立てを講じなければ、次の十年で朽ち果てる恐れが強い。

大里松原線路下隧路

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北九州貨物ターミナル駅の南側線路下の隧路である。松原(海岸)側は集落で、大里(山手)側は操車場沿いに下る道路が直角に曲がってトンネルに入る。このトンネル北側に大里松原跨線橋が開通(2002年3月22日)してからは、利用価値がほぼ消滅した。もともと閉鎖地区と閉鎖地区を結ぶため、通り抜け車両がなくなると利用者はごく少数に限られる。

トンネル内部は幹線道路用の黄と白の照明装置がまだらに設置してある。目立たない奥まった場所に出入口があることも相まって、夜は異次元空間への入口に迷い込んだような昂揚感を覚える。内壁はコンクリートブロックにモルタルを塗りつけたらしい。塗布剤が天井からつららのように垂れ下がっている箇所があるが、状態はおおむね良好に見える。実際の劣化状態は分からない。竣工時期や施工者など詳しいことはなにも分からない。

原町松原線路下隧路

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北九州貨物ターミナルの中央部を貫通する隧路である。松原側(海岸)は荒地で、原町(山手)側は国道3号の線路側に寄りつきの側道(半地下構造)があり、その最低部から直角に入る。トンネルは長さが250m程度あり、上の大里松原より100m以上は長い。大里松原より天井が高く、幅員も広い。トンネルは緩やかに弧を描くため先が見通せない。

竣工時期や工法は大里松原と同じだろう。特徴はトンネルの中央部南側の壁に穴が空いていることで、斜め上の門司機関区の詰所に通じる。薄暗い白色電灯に照らし出された内壁は美しく煤ばみ、厳格な重厚感に包まれる。海岸側に第一交通の営業所があり、夜でも頻繁にタクシーが往来する。

門司駅北立体交差

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三つのトンネルの中ではもっとも大規模な土木である。国道199号大里本町3と国道3号大里戸の上のあいだを結ぶ。構造物はコンクリートに樹脂類を塗布して仕上げたらしい。上の二つの隧路と同時期の竣工と思うが、岸壁から100mほどの埋立地に大規模な半地下構造物を造るのは難工事だったろう。

立派な一体型の欄干を周囲にめぐらせ、威風堂堂としたなりである。大里本町側にはポンプ室があり、古い構造であることを偲ばせる。車道の壁を両側の歩道の勾配に合わせて下げ、半地下構造物の圧迫感を抑えたのが特徴で、白い壁面と茶色い欄干の対比は品がいい。車道壁面の手すりの下には軽やかな青い線を引き、動線を際立たせたのも美しい。

これと較べると現代の土木構造物は実用一辺倒で規格工業品よろしく類型化して面白みがない。鉄道を越えるにも安上がりな陸橋ばかりで、美の観点からは大きく後退した。

撮影 2003年6月15日、2004年1月10日 | 初稿 2003年6月

関連情報

参照記事(他サイト)
なし
関連項目(ガゾーン内)
北九州貨物ターミナル駅 - JR貨物の新駅
大里松原跨線橋 - 貨物駅を横断する陸橋

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Three Underpasses in Dairi Yard