2006年01月23日更新
終戦直前の1945年5月7日、村田曹長搭乗の戦闘機が11機からなる米軍B29爆撃機編隊の先頭機に体当たりし、両機はともに墜落した。その地に慰霊碑を建てて公園の整備を行ったのが八面山平和公園という。
で、話題はそれとは関係なく砂防ダムを取り上げた。砂防ダムは山がちな関門都市圏では市街地の傍でも見られる日常的な構造物である。2003年は土石流災害で大勢が死んだが、これを防ぐ役割を担う。
土石が流れて困るのはもっぱら渓谷から扇状地にかけての人が近づきやすく自然が多彩な場所である。しかし環境への関心が高まるにつれ、自然や景観を損なう砂防ダムが槍玉に上げられるようになった。
そこで砂防施設を公園化したのが八面山平和公園の例。ややま川の渓流を利用した親水空間を併せて造成し、ダム本体もコンクリート剥き出しの構造を改め、化粧石を張りめぐらせて「愛される土木構造物」への脱却に余念がない。こんな見目秀麗な砂防ダムは久しぶりに見た。
2003年は降雨量が非常に多かったせいか、水が溜まって溢れ出し、貯水ダムの様相である。平常時の状態がどうなのかは知らない。ダム右上のプレートには「平成八年×××」とある(不鮮明な拡大写真)。たぶん平成八年竣工なのだろう。石張りだから古いということはなく、環境の世紀の産物である。
反対を向いてややま橋から下流、八面山野外音楽堂方面。八面山の自然石で護岸と川底を固めた渓流は、自然志向な都会人の水遊びに適す。水辺に虫が湧くでもなく、土で汚れることもない。都会人が好む自然は人間に飼いならされた自然である。
水遊びを楽しんだら八面山荘へ。こちらは三光村営(現、中津市)の施設。財源に余裕のない小規模自治体できょうび豪華施設はめずらしい。建物は2001年7月竣工で、外観は八面山上空を優雅に舞うパラグライダーを模した。館内は宿泊室、研修室に加え、中津平野から周防灘までを見渡せる浴室がある。別棟にバーベキューハウスなどもある。
写真は裏手のデッキ周辺を写したもので、 ここで飲み物や軽い食事を供してくれるそうだ。奥に見える淡黄色が浴室。銀色の屋根がパラグライダーのようなのだが、この日は逆光で撮影はかなわなかった。
撮影 2003年8月15日 | 文 2003年8月24日
Landslide barrier and Villa in Hatimenzan Peace Park