2009年3月4日更新
新門司道路は北九州市港湾局が建設した基幹道路で、太刀浦コンテナターミナル(太刀浦港)と新門司埠頭(新門司港)を結ぶ。2004年4月8日に暫定開通した。開通部分は黒川白野江東本町線の大積から、新門司北埋立地までの延長5キロ弱。喜多久の自然海岸沿いの山間を貫く。
当面は2車線での供用になるが、幅員は現在の標準規格である30mになるようで、トンネル部分を除けば全幅分の土地をすでに均してある。この道路の動線は新門司埋立地をそのまま南下し、新門司大橋を渡って恒見海岸、曽根海岸をぐるりとめぐり(幹線6号)、苅田町の手前で門司行橋線に合流する。
新門司の大幹線となる幹線5号の重要性は年年高まっており、関門海峡側の国道3号、国道199号の産業交通量を圧倒するのは時間の問題だろう。幹線5号は北九州工業地帯の周防灘シフトや、高速道路網の不在などの複合的要因により、物流車両を中心に混雑が激しい。広域交通と域内交通は別の動線を設ける必要があった。
新門司道路は北九州市港湾局と建設局が分担して整備を進めた。道路だから建設局も関わるが、基本的には港湾事業だ。わたしの関心も港湾政策にあるが、それに関しては別の機会に取り上げるとして、ここでは道路を北から南へと紹介したい。
2004年に暫定開通した新門司道路の起点、黒川白野江東本町線の大積交差点。上の地図の水色部分に当たる太刀浦―白野江1の既設区間(暫定2車線、4車線拡幅工事中)とは、この黒川白野江東本町線との重複区間を介す形になる。
大積交差点―大積トンネル間。単なる山道のようだが左手は周防灘に面した海岸で、海が時化ると波を被りそうだ。このあたりは海岸丘陵が続くため、これまでは基幹道路が存在せず、北九州でもっとも隔離された辺境だった。喜多久と柄杓田の漁村にとってこの道路の開通はたいへんな朗報だったろう。
大積トンネル。彫刻坑門の主題は「海御前と河童たち」。海御前(あまごぜ)は能登守 平教経の妻で、壇之浦の戦で海に身を投げて命を絶った。しかしその遺体が大積に打ち上げられ、この地に葬られたと伝わる。後に復讐のため蘇ったという女性だが、掘り込まれた姿は海のニンフかと見まごう優美な印象だ。
海御前の左側が切れたのは、撮影時暗くて彫刻坑門だと気づかなかったからだ。専門家は「坑門に目を引くようなもの、目移りするようなものを置くと、交通事故が発生した際に道路管理者の責任が問われかねない」と警告するが、程度の問題だろう。目が釘づけになるような極彩色の坑門や、面壁自体が異形なのは考え直したほうがいい。これは意匠が控え目かつ色使いも抑制的で、自己主張は強くない。
戦後の土木構造物はおよそ美からかけ離れた存在だった。建築のように表現が構造や空間を歪めるのはどうかと思うが、土木は表現に対してあまりに無頓着だった。土木が無個性で画一的だから市民の土木に対する関心もなくなった。土木の社会的地位が低下した一因だろう。この坑門はさりげなく印象的で美しい。地区住民に愛され大事に扱われるのではないか。
大積トンネル―喜多久トンネル間。三方を海岸丘陵に囲まれた入り江に喜多久の集落がある。この道路の開通以前は幅員数メートルの曲がりくねった山道を越えなければ他の地区へ行けなかった。
喜多久トンネル。大積トンネルと同じく彫刻坑門。主題は「海とカモメ」だろうか。この坑門も美しいが、面壁の化粧にはおそらく1000万円単位の金がかかっているのだから、贅沢をする以上はきちんと主題を決めて相応の作品を制作すべきだった。
大積と喜多久のトンネルを見ると、日本はつくづく贅沢になったと感心する。二つのトンネルは面壁だけでなく、のり面も手抜かりなく緑化棚工で仕上げてある。これだけきれいに造られると排気ガスで汚すのが惜しい。
喜多久のトンネル―柄杓田トンネル間。交差点を左に折れると柄杓田漁港へ下りる。ここが沿道で唯一の集落と呼べる場所で、小学校や駐在所、郵便局などもある。
柄杓田トンネル。これは北九州市建設局の分担なのだろう。先立つこと10日ほど前に開通した徳力葛原線の岳の観音トンネルと同じ面壁だ。眺めて愛でるような坑門ではないし、同じ規格品がべつの場所にもあるのだから、面白みに欠ける。もっともコンクリート剥き出しの坑門に比べればきれいに化粧した。このトンネルは前二つより延長が圧倒的に長く、竣工時期もやや古い。内部はすでに排気ガスで汚れている。
トンネル内部でうっとりする人間はそう多くないと思うが、トンネルは汚れてくると「凄み」がつく。大積や喜多久のトンネルは新しいことと橙色の照明の効果もあって、生命の内部に抱かれているような快さがあった。ここは外へ逃れたい衝動のほうが強かった。
終点の新門司北埋立地手前。周囲は北九州市港湾局が造成した新門司海浜公園で、左手は「市民参加による魅力的な水際線づくり事業」による地蔵面地区人工海浜。付近の小学生が海岸づくりに取り組む姿はいとおしいが、大枚を突っ込むのならもっと市民の認知度の高い場所で事業を行ったほうがよかったろう。
2003年4月10日撮影、2004年5月16日作成
Sin Mozi Road