2006年02月24日更新
平尾台は石灰石鉱床が豊富で、国定公園指定以前からセメント事業者の採掘権があった。1952年に羊群原一体が国の天然記念物の指定を受け、1967年には県道28号直方行橋線北側が鉱区禁止地域に指定された。1972年には北九州国定公園に指定された。
戦後の平尾台は自然保護陣営の腕力が強く、開発陣営は縁へ追い立てられる一方だった。しかし県道28号南側にある三菱マテリアルと住友大阪セメントの鉱山は守られた。国の土地調整委員会が時すでに遅しと匙を投げたからだ。かくして平尾台の南側はいまも人間に虫食いにされ、台地の標高は香春岳のようにだんだんと低くなっている。
平尾台自然の郷は三菱マテリアルや住友大阪セメントが破壊しつくした採掘場北側一帯の跡地利用として計画された。遡ること数十年前の高度成長期に、遊園地「マルワランド」や「平尾台観光ホテル」として開発した用地も含む。これらがお払い箱になり、その再再利用として改めて全体が公園として造成された。
マルワランドの造成ではカルスト台地の面影がそこかしこに残った。自然の郷造成では大規模かつ徹底的にカルスト台地を退治した。羊(=石灰石)が群れるススキの原は眺めるにはよいが、防虫対策や足場の安全、そのほか快適性の面ではすこぶる都合が悪く、潔癖症の都会人が自然に親しむためには、まったいらな芝生の大広場に造りかえる必要があった。
バブル景気のころはここに一大テーマパークを建設し、平尾台麓からロープウェイを通す構想だったのだから、予定よりははるかに控えめな開発になった。平尾台自然の郷は、飯屋、土産屋、工房、野草園、展望台からなる「ビレッジゾーン」と、広場、果樹園、そば畑、野外音楽堂からなる「広場ゾーン」で構成される。広さ21.6万㎡。事業費57億円。2003年4月20日開業。
平尾台自然の郷の中心施設はビレッジゾーンにある。一帯は住友大阪セメント小倉鉱山とマルワランドの跡地であり、造成に自然保護の観点は必要ない。産業活動で破壊した土地を公園として修景したと評価したいが、環境首都の名を騙るのなら、平尾台の自然に敬意を払い、造成は破壊した自然を修復する方向で行うべきだった。そうであってこそ本当の意味で「ユニーク」な公園となり、先進の試みとして世界的評価を受ける可能性もあった。
北九州市はいまだ固有の環境を省みない画一的な公園造成を全市的に行い、多様な自然財産を台無しにしている。自然の郷も響灘緑地もなんら異なるところがない。
正面広場の西側にある臨時駐車場。通常は玄関前広場の北側に隣接する第一駐車場とバス駐車場を利用する。全体で1100台の収容容量を設けたのは、必要性があったからというよりは、駐車場へ転換できる鉱山跡地がそれだけあったからだろう。
土のない平尾台でこんなに立派な菜の花が咲いたのは、よそから土を持ち込んだからだ。
こちらは三菱マテリアル東谷鉱山の跡地修景。かつては平尾台観光ホテルなどがあった場所とみられるが、再造成が以前の地形を完全に消し去り、場所を特定できない。野球場ほどの広さがある半円状の「のびのび広場」を中心に、南側左翼に高原果樹園、右翼にそば畑を配す(写真上)。最南端には鉱山廃土の小さな丘を平らに均して芝生を敷き詰めた野外活動広場(写真下)がある。
波打つすすきの原を薙ぎ払い、生き長らえた羊は屠殺し、よそから肥沃な土を持ち込んで、大地をまったいらに均す意義はなんだろうか。芝生広場なんぞはどこにでもある。途上国の自然破壊は経済的貧困が背景にあるが、北九州では稀有と凡庸の区別もつかない精神的貧困に自然破壊の原因がある。
わたしは平尾台自然の郷全体から「ゴルフ場の公園化」という印象を受ける。造成手法がゴルフ場と酷似するからだ。この公園は現時点では来場者数が予想を上回り、成功したと報道されている。人気が開業人気ではなく恒久的なものなら、行き詰まったゴルフ場再開発の手本になろう。
キャンプ場は自然の郷開業から遅れること三ヶ月、7月20日に開業した。人工的に丘を造成する念の入れようで、自然の造作に任せた部分はどこにもない。場内からカルスト台地の痕跡を掃討する一方で、西側には三菱マテリアル東谷鉱山が厳然と存在する。
キャンプ場もまた自然の郷と同じように快適性を追求した。テントを建てる労はあるが、後は都会生活と同じ感覚で過ごせる。ビジネスホテルほどではないが、カプセルホテルよりは快適だ。芝生の丘を使って草そりが楽しめる。
キャンプセンターには各種自動販売機が設置される。そこでジャンクフードとコーラを買い、芝生に寝転んで空を眺めながら、発破のサイレンとその後の爆音に耳を傾けるのもいい。しかしキャンプに来たからには炊事棟で調理したい。炊事棟は自ら火を起こす必要はあるが、大きなユニットキッチンと思って差し障りない。炊事棟の蛇口から温水は出ない。浴室便所棟へ行けば温水シャワー(5分100円)が利用できる。不便は演出に過ぎない。
平尾台自然の郷の造成では道路も新設された。市道新道寺110号線は二つの鉱山と平尾台自然の郷のあいだを南北に走る。平尾台の山岳道路で本格的な盛土工法が見られるのはここだけだろう。
コンクリート擁壁の上部を緩勾配にして芝を貼る。盛土は安定感があってよいが、この工法の環境破壊度は最大であり、自然保護とは無縁の産業地区でなければ見られない道路だ。
平尾台は石灰岩台地であり、土は水に溶けてほとんど存在しない。薄い表土は遠くから飛来した火山灰や黄砂だという。芝生の養成には向いていない。水はけがよすぎるので公園造成では保水力のある粘土を入れ、その上に芝の敷物を文字通り「敷いた」。
いったいこの土、この芝をこれからどうして維持するつもりなのか。台地の表面は木っ端微塵に爆破されても、その奥深くは天然の状態だろう。長い歳月を経てどんな影響を及ぼすか真摯に考えたとは思えない。
この公園のコンセプトは「大地を感じ、大地と遊ぶ」。周囲に柵をめぐらせることでその本性を告白している。上の写真が象徴的だ。この柵は、感じ、遊ぶべき大地と、斥け、征すべき大地の境をなす。柵の向こうは私有地という事情もあるが、前時代的乱開発だったと結論するほかない。
撮影 2003年4月22日、7月25日 | 初稿 2004年3月8日、追加 6月13日
Is Hiraodai Countryside Park Destructive?