ガゾーン関門都市圏

2009年8月12日作成

JR宇島駅前~八屋

用途地域等
未調査
現況
豊前市の中心拠点。駅前の区画は飲食店街。中津街道沿いに商店街。駅からやや離れた市役所通りが目抜き通り。線路裏は臨海工業地帯で、駅の出入口はない。
場所
豊前市大字八屋字下大無田715(宇島駅)
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JR宇島駅の改札

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JR宇島駅の駅舎

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宇島駅前広場

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宇島駅前から線路越しに見た九州電力豊前発電所

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路地の木造三階建て

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駅前ふれあい通り 国道10号方向

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国道10号 宇島駅前交差点から北九州方面

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国道10号 宇島駅前交差点から中津方面

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宇島駅前交差点から豊前さくら通り商店街

自動車の目:中津街道、八屋を行く(直リンク

八屋 対 宇島

豊前市には地域を代表する地名が三つある。市名の豊前、中心駅の宇島、中心街の八屋。ピンときた方は地域史に通じた方だろう。そう、合併の産物だ。

豊前市の市域はもともとは中津を中心とした三毛郡に属したが、山国川に大分県と福岡県の線引きがなされ、中心都市から切り離された。この結果、中津街道の宿場・八屋に郡役所が設置され、豊築の中心拠点として脚光を浴びたが、にわか仕込みで周辺町村を従わせるほどの求心力は生じなかった。

1935年に八屋町と宇島町が対等合併して新生「八屋町」が発足。そののち臨海部の工業化によって旧宇島町の勢力が増し、1955年に八屋町と周辺8村が合併した際は「宇島市」が発足した。しかし、これに旧八屋町が激しく反発して収拾がつかなくなり、合併4日後に市名を中立の「豊前市」に取り替えた。

なお、八屋に立地する鉄道駅は1897年の開設時より宇島駅(当時は「宇ノ島駅」)だった。「これは宇島駅開業の際に土地を提供した者が宇島に住んでおり、提供条件として「宇島駅」と名付けることとしたため」(ウィキペディア)という。八屋と宇島は昔から火花を散らす関係にあった。

市街地の構成

豊前市の中心となる八屋は中津街道の宿場として成立した。町の入口にある1876年架設の大阪屋橋が箔をつけるが、中津まで残り10キロに満たず、大きな発展は見なかった。現在の中心市街地は、国道10号と市役所通り、L字に折れ曲がる県道32号犀川豊前線に囲まれた四角形の区域。中津街道はこの四角形の中を貫通する。

近代都市としては宇島の臨海工業地帯を背景に発達した工業都市の側面が強い。現在の人口は苅田町より6000人ほど少なく、都市規模も苅田をやや小粒にした程度。宿場があったため太い道路が縦横に走る計画市街地は形成できなかったが、そのおかげで産業車両が町なかの生活道路に進入することがなく、高齢者や子供に安全な町になっている。産業車両は八屋を迂回して国道10号豊前バイパスへ抜ける。

JR日豊線は工業系市街地と一般市街地を隔てる。宇島駅は八屋方面だけに出入口があり、宇島港方面には出入口がない。この構成は、駅の出入口が工業系市街地を向いた苅田駅ではなく、工業系市街地に背を向けた黒崎駅に近い。

駅前の集積は薄い。駅前広場から入った路地に小さな歓楽街があり、国道10号を渡って向こう側の中津街道沿いに豊前さくら通り商店街がある。商店数は指折り数える程度。駅からやや離れた市役所通りが市の目抜き通りで、八屋唯一の大型店 マルショク豊前ほか、銀行支店や郵便局がある。市役所はこの通りの行き当たりにある。

八屋は日々の生活を満たすにも物足りない場所だが、ここから中津市の中心部や旧三光村(現中津市)のイオンモール三光までは車で十数分の距離であり、市民は日常生活で不便を感じていまい。

2009年8月12日作成

資料

参照記事(外部サイト)
八屋を歩く(中津街道) - 旧街道ウォーキング
八屋 - 多摩地区そして日本各地の画像集
宇島駅 - ウィキペディア
大阪屋橋 - 石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋
関連項目(ガゾーン内)
JR築城駅前 - 旧築城町の中心集落の玄関。駅裏に築城基地。
道の駅 豊前おこしかけ - 大屋根に特徴。国道10号豊前バイパス沿い。

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JR Unosima Railway Station to Hatiya