2008年11月24日更新
スカイライン カストロール ピットワーク GT-R(R34) 2002年全日本選手権参戦車
1937年製ダットサンセダン
日産自動車九州工場には工場見学者のためのゲストホールがある。工場見学は週日のみだから、休日の見学者はここしか行き場がない。わたしらが飛び込みで来館した折は気さくな初老の紳士が出迎えてくれた。かねてからの疑問をあれこれ尋ねたが、鷹揚に答えてくれて楽しいひと時だった。
ゲストホールには九州工場の生産車種と、2002年全日本選手権に参戦したスカイラインGT-R、1937年製ダットサンセダンが展示される。展示板は日産の取り組みや九州工場の沿革、苅田町の紹介など。フェアレディZの小物類販売コーナーもあった。展示室の奥には大講義室がある。
日産スカイラインGT-Rは、1989年から2002年にかけて販売された車種。スカイラインはスポーツ志向の乗用車に過ぎないが、GT-Rはレース車両を公道で走れるようにデチューンしたもの。ライバルが公道車ベースなのに対し、GT-Rはレース車がベースだったから、当然のように全日本GT選手権で連戦連勝した。国内用販売車だが、海外でも「東京タクシーの皮を被った世界最強の公道車」として知る人ぞ知る存在だ。
R34は後期型で、この型番をもって排気ガス規制のためGT-Rの生産は打ち切られた。この展示車両は生産終了の2002年にレースに参戦し、2003年は日産の銀座ギャラリーに飾られた。そののち2005年12月中旬までの展示予定で九州工場へやってきた。次の声がかからないのか、翌年2月になってもここで静かに余生を送る。
ダットサンセダンは日本初の自家用車を目指した大量生産の小型車。戸畑鋳物の鮎川義介は大阪のダット自動車製造を買収し、1933年に日産自動車を設立、1935年に横浜工場で自動車の大量生産を開始した。しかしこの車が製造された1937年に日中戦争が勃発し、翌1938年にわが国の自動車製造はすべて禁止された。
戦前のダットサンは合理的な設計と愛らしい外観で一世を風靡した。昭和時代の戦前最後の華やかな時期だった。当時の価格は2100円。
2006年3月14日作成
©2010 ガゾーン 転載自由。著作権は関門通信またはその情報提供者に属します。
Exhibitions in Nissan Moter Corporation Kyûsyû Plant Guest Hall