ガゾーン関門北九州圏

2005年10月25日更新

田川伊田駅前

用途地域等
商業地域、建ぺい率80%、容積率400%、準防火地域
現況
田川市の中心拠点
場所
田川市伊田町2621-1(駅舎)
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田川伊田駅舎

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田川伊田駅前

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田川伊田駅前から右側道路

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田川伊田駅前の左側道路にある伊田商店街入口(奥が駅舎)

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駅前の風治八幡神社

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石炭記念公園通路(田川伊田駅裏口)

田川伊田駅は、田川市大字伊田にある平成筑豊鉄道伊田線、平成筑豊鉄道田川線、JR日田彦山線の委託駅。田川後藤寺駅と並び、田川市の主要駅と位置づけられる。

現在の駅舎は1899年竣工の旧駅舎を模した洋風3階建て。JR九州初の直営駅ビルとして1990年に竣工した。平成筑豊鉄道とJRの入口は別にあり、乗換の際には一度乗り場の外に出る必要があるそうだ。駅舎の規模は筑豊でもっとも大きく、飲食・物販店が入居する。

駅は国道322号から放物線を描いて国道へ回帰する道路の頂点に立地し、このU字街路を中心に繁華な市街地が広がる。駅から見ると、駅前に道路が横たわり、左翼と右翼へ遠ざかってゆく構造だ。

左側道路と伊田線に挟まれた街区が繁華街で、田川最大のアーケード・伊田商店街がある。右側道路は左側道路よりも新しく、田川信用金庫本店ほか、まばらにビルが並ぶ。左右の道路に挟まれたあたりは丘になっており、石段の参道の上に風治八幡神社が佇む。

駅からは遠いが、放物線路に挟まれた国道322号沿いに福岡県立大学があり、伊田は学生街の側面も併せ持つ。後藤寺に比較すると、学生が立ち寄るような店が多い。

駅裏へは石炭記念公園通路(歩行者専用の地下通路)を通ってゆく。裏口は丘が迫り、道路が一本横たわるだけだ。来街者の目的地になりような場所は、駅から徒歩8分の田川市石炭・歴史博物館のみ。

田川市は1943年に伊田と後藤寺が合併して成立した都市で、伊田と後藤寺がそれぞれ5万都市の中心拠点としての都市基盤を有す。田川の最盛期と比較すると、全体のパイが半減したのだから、双方ともに苦しい。

しかし落ち込みは鉄道駅に加えてバスセンターも立地して交通拠点性で勝るはずの後藤寺のほうがひどい。伊田は後藤寺と比較すると町の成立が遅く、道路などの社会資本の状態がよい。福岡県は伊田を田川の中心拠点と位置づけていることから、伊田のほうが為政者の庇護が厚い。

田川伊田駅前の地名は魚町という。かつて田川と北九州は密接な関係だった。しかし2001年の調査によれば、田川市はもはや北九州都心部(小倉)の二次商圏ですらなく、宇部市などと同じ三次商圏にすぎない。肝心のJR日田彦山線が衰えては、立派な駅舎があっても所在ない。

参照記事(他サイト)
田川伊田駅 - 日田彦山線活性化推進沿線自治体連絡会
関連項目(ガゾーン内)
伊田商店街 - 田川伊田駅前のアーケード。単体では筑豊最大の商店街
田川後藤寺駅前 - 平成筑豊鉄道とJRの駅。田川市の副拠点
JR一本松駅 - JR日田彦山線の簡易委託駅。スーパー駐車場の片隅

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Tagawa Ita Railway Terminal