ガゾーン関門都市圏

2010年10月17日更新

飯塚井筒屋

用途地域等
商業地域、建ぺい率80%、容積率400%
現況
アーケードの本町商店街の内部に立地する老舗百貨店。2009年9月に業態変更、飯塚・井筒屋サロンに。
場所
飯塚市本町9-17
画像

本町商店街に面した飯塚井筒屋 2005年7月

あらまし

飯塚井筒屋は、飯塚・本町商店街のほぼ中央にあった筑豊唯一の百貨店。1949年9月に井筒屋(本店、北九州市)の飯塚支店として開店した。百貨店がアーケード内部にあるのは珍しいが、飯塚では長崎街道飯塚宿の時代から今日に至るまでこの通りがもっとも繁華な場所になっている。

飯塚は住宅も職場も郊外へ移転して中心部は高齢化が著しい。本町は広域集客力を失って久しく、客層は中心部に住む60代以上の女性が中心だったという。高齢者の早朝型生活スタイルに合わせて、2005年2月から開店時刻を午前9時半に30分繰り上げた。この「早起き百貨店」は評判がよく、その後、宇部井筒屋でも取り入れた。

しかし地元密着の営業努力も収益には結びつかず、売上高は1996年度の約28億円から一貫して下がり続け、2008年度は約16億円まで落ち込んだ。経常利益では2005年度より4期連続の赤字。最後の砦となる営業利益も2008年度はついに赤字転落し、井筒屋は構造不況業態の百貨店運営を断念した。

飯塚の商業の頂点に君臨する飯塚井筒屋の閉店話は地元に強い危機感を与えた。本町商店街の関係者らは3100人分の署名を集めて営業の継続を求めた。また、飯塚市からの要請もあり、井筒屋は営業面積を約3899㎡から約2300㎡へ縮小、商品厳選型のギフトショップへ業態転換した上で再出発する決断を下した。

新店舗 飯塚・井筒屋サロンは2009年9月11日開店。本社店外事業室が運営にあたり、初年度売上高10億円を目指す。店舗は1階に和・洋菓子、化粧品、婦人・紳士用品、リビング用品、ギフト商品、2階に婦人服の売り場を設ける。百貨店の魅力であるデパ地下や物産展は従前通り。3・4階は貸ホールなどに改装して市民に開放する。

飯塚井筒屋の沿革

  • 1949年9月 株式会社井筒屋飯塚支店として開店。
  • 1950年8月 店舗全焼。
  • 1964年8月 飯塚支店を分離独立するため、株式会社井光(せいこう)を設立。
  • 1965年10月 株式会社飯塚井筒屋に商号変更。
  • 1979年6月 4階増築。
  • 1998年9月 全面改装。
  • 2005年2月 開店時間を30分早める。
  • 2009年8月 百貨店としての営業を終了。
  • 2009年9月 飯塚・井筒屋サロンとして再出発。

2005年8月2日作成、2009年10月8日更新

資料

参照記事(外部サイト)
飯塚井筒屋 - 井筒屋
飯塚井筒屋の百貨店運営の終了について - 井筒屋
飯塚井筒屋 営業終了後の店舗運営について - 井筒屋
関連項目(ガゾーン内)
本町商店街とサンエステひがしまち - 飯塚宿の街道筋がアーケードに。
福岡銀行飯塚本町支店 - 炭鉱最盛期に建設された豪華な銀行支店。
あいタウン - 市街地再開発ビル。商業床、業務床、駐車場からなる。

ご意見等

2009-7-17 投稿

私は以前、出入り業者として20年ほど井筒屋さんにお世話になっておりました。今回の閉店を聞き大変寂しく思います。このご時勢この規模で百貨店を維持するのも難しいでしょうが、なんとか形態を替えサテライトショップ見たいな形で、井筒屋の名前を飯塚からなくさない様、努力頂ければと思っております。

2009-8-7 投稿

井筒屋さんにはおふくろとよく行きました。当時レストラン「今在るのかな?」でお子様ランチを食べました。今回の閉店を聞き又思い出が消えていく感じがします。

2009-10-8 投稿

40年以上前、幼児のころに井筒屋さんのレストランで食べたハンバーグランチが最高にうまかった!

2010-10-17 投稿

最近友人とひさしぶりに飯塚へ行きました。

「飯塚井筒屋どうなってるのかな? 閉店とかいってるけど・・」

通りがかるとあいていましたね。

店員さんに聞いたところ

「サロンとして再出発しました」そうでほんとよかった。

やはりお店がなくなるのはさびしいですよ。名前が変わり少し形態がかわったとしてもまた再開しているとやはりうれしいです。

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